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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第7章】高慢天使と強欲悪魔
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7−8 あの時の悪いお兄さん

 ダンタリオンが迷惑がっているのは、俺達がセットでいる事であって、リッテルがいる事だとは言われてはいない。それでも、何故か妙に手放し難くて。彼女が付いて来るようにと……居るだけでも迷惑がられていると、つい、嘘をついてしまってた。

 嘘はやめようって、いつも思っている。だけど、そうでもして自分を大きくしないと、惨めなだけの現状を引き摺って生きていくしかなくなってしまう。

 今の俺には、周りの畏怖を集める実力はない。真祖の悪魔としての能力を発揮するには、周囲の畏怖を集めないといけないのだが……ルシファーに負け、エルダーウコバクに角を折られてからというもの。俺に畏れをなす奴は誰もいなかった。

 あんなに揃いも揃って、俺にヘイコラしていたくせに。俺が負けて玉座から転落したと知ると、俺をバカにする奴が増える一方で、畏怖の念を集められなくなった俺の力は次第に弱まっていった。

 それで、魔界の奴じゃない相手からだったら、力を引き出せるかもしれないと天使を甚振ってみたが。……実際に得られたのは純粋な恐怖であって、畏怖じゃない。


(クソッ! 何もかもがムカつく! とりあえず、向こうに着いたら……)


 そこまで考えて……やっぱりやめたと、ため息をつく。そうだ、それだけは……絶対にやめようって決めたじゃないか。


「……家まで、もうちょいだから。流石に、この距離は辛いか?」

「大丈夫、です……。もう少しなら、頑張れますから」

「あっそ。言っとくけど、向こうに着いても……休憩をやるなんて事はしないからな」

「分かっています……」


 何を分かっているというんだろう、こいつは。少しは休ませて下さいとでも言えば、ちょっとは休憩をやってもいいと思っていたけど。


(チッ、可愛げのない……。天使っていうのは、どうしてこうも……いい子ちゃんなんだろう? ったく、調子が狂うぜ)


 舌打ちしながら眼下を見やれば、ようやく忘れかけていた家があった崖が見えてくる。そうして見つけ出した、永久凍土に近い崖上に建っている俺の家。……明らかに朽ち果てた色をしていて、完全に廃墟になっているみたいだが。とりあえず、寒さくらいは凌げるはずだ。周りの竹林も、全体的にドス黒い色合いなのに気が滅入るけど。……これも仕方ないと、早々に諦める。


「……着いたぞ。あ、軽く絶望感を与えるために言うけど。ここは結構な期間を放置しているから、中は荒れ放題だと思うし……とにかく、しばらくは休まず働けよ」

「……はい」


 なんで、抵抗しない? どうして、文句を言わない? 彼女の素直さに違和感を覚えっぱなしで、落ち着かない。


「ったく、気に入らねぇな……」

「……っ」


 つい睨みつけてしまうと、彼女の方はズリ落ちそうになっているネグリジェの首元を抑えながら、凍えたように体を強張らせている。あぁ、そうか。こいつは俺が怖いんだな。だから、反抗も口答えもしないのか。

 そうして互いに無言で家の中に入ると、薄暗い上にカビ臭い。しかも絨毯の類はボロボロで、家具は残っていても薄汚れて埃だらけになっている。


「……一番初めに、寝室から掃除します。寝室はどちらですか?」

「あ? 何か? いきなりそういうことをしたいって事?」

「そういう意味じゃないわ。ただ、落ち着ける場所を最初に掃除した方がいいと思っただけです」

「フゥン? そういうもんかな。ま、順番はお前に任せるよ。でな、寝室は確か……2階の奥の部屋。まぁ、大昔に俺1人で住んでただけだから、そんなに広くはないけど。部屋数はそれなりにあるから、覚悟しておけよ」

「分かりました……」


 これまたすんなり返事をすると、俺が示した階段に向かうリッテル。よくもまぁ、こんなにどこから手をつければいいのか分からない状態の家を掃除する気になるよな。俺だったら、迷わず逃げるぞ。


「……ちょっと出てくる。……サボったりしたら、承知しないからな」

「えぇ、大丈夫。……サボったりも、逃げたりもしません」


 こういう時こそタイムリウィンドを使えば、すぐに綺麗さっぱり片付くんだろうが。あいにくと、今の俺には無駄に魔力の消費量が激しい魔法を使う余裕はない。大体、1000年以上も時間を遡上させたら余裕が残るどころか、魔力を使い切って一気に瀕死だろう。


(まぁ……リッテルを働かせる理由がなくなっちまうし、別にそれはそれでいいか)


 とにかくちょっとした物を用意するためには……不本意だが、ベルゼブブを頼るしかなさそうだ。アイツなら、ちゃんと頼めば話は聞いてくれる、と思う。


***

「相っ変わらず、趣味が悪い屋敷だよなぁ……」


 昨日今日で、変われないのかも知れないが。この趣味の悪さは、度を超えている気がする。屋敷に勝手に上がり込んでも咎める者もいないところを見るに、アイツは来るもの拒まずのタイプなんだろう。

 そんな事を考えながら、とりあえずベルゼブブの部屋を目指して進むと。廊下の途中で毛むくじゃらの小悪魔が円陣を組んでいるのが、目に入る。


(こいつらは確か……ウコバクだったっけか? あぁ、アイツの子分だったな)


 一体……何をしているんだろう? まぁ、こいつらが何をしているかはさておいて。エルダーウコバクの代わりに叩きのめせば、ちょっとは気が晴れるかもしれない。


「アオスケ、ほら、俺の勝ちだからサッサと寄越せよ」

「アゥぅ……そんなぁ……。これを取られたら、僕の分があと2本になってしまうでしゅ……」

「仕方ないだろ、ルールなんだから。嫌だったら、参加しなきゃいいじゃん」

「……仕方ないでしゅ……」


 しかし、本来なら鼻が利くはずの奴らは俺にも気づかない程に、熱心に何かを続けている。彼らの手元を見れば、どうやらトランプ遊びをしているらしい。4人のウコバク達はその遊びに何かを賭けて、勝負をしているようだ。


(何だ、これ……魚か?)


 彼らの手元を行ったり来たりしているのは、少々大きめの干し魚。しかも、オッズ代わりの干し魚は、見たこともないくらいに綺麗なエメラルドグリーンをしている。何で、こいつらがこんなに高級そうなものを持っているのだろう。


「おい、お前ら。それ……何だ?」

「ハワワ! お前は、あの時の悪いお兄さん!」

「あの時の悪いお兄さん……?」


 急に声をかけたから、必要以上に驚かせたみたいだが……。それよりも、俺を知っているらしい大きめの黒い奴が何気に失礼なことを言い出す。


「ウルシマル、この人の事、知ってるんでしゅか?」

「知っているとも。お頭とフィボルグのところに行った帰りに、突っかかってきた奴だ!」


 突っかかってきた? お頭って……あぁ、エルダーウコバクの事か。


「あぁ……お前はあの時に、エルダーウコバクの影で泣いていた弱虫か。へぇ〜……弱虫のくせに、自分よりちっちゃい相手から巻き上げて、随分といいご身分だな?」

「これは巻き上げてるんじゃない! 姐さんから貰ったマボロシトラウトを賭けた、真剣勝負だ!」

「姐さん? ……マボロシトラウト?」

「あ、姐さんはお頭のお嫁さんなんですぅ。で、その姐さんが、僕達にも竜界産のお魚を用意してくれて。超高級品なものだから、ちょっとでも数を増やそうと、みんな必死なんですぅ……」


 俺が不思議そうにしていると……毛が長すぎて目も隠れがちな細身のウコバクが、丁寧にもお答えをくれたりする。


「アイジロー、なに真面目に答えてんだよ!」

「だ、だって……スミノジョウ、質問されたらちゃんと答えなさいって、お頭も言ってたし……」

「今はその時じゃないだろ!」

「そ、そうなの〜?」


 こいつらバカなのか、まとまりがないのか……。何れにしても、あの嫁さんとやらはウコバクにまで優しいらしい。俺には触るなとか言ってたくせに……何かムカつく。


「フゥン。ルシエルちゃんはお前達にも餌をくれるんだな。そうやって、できる嫁とやらを演出しているって事か」

「そ、そんな事ないですよぅ。だって、僕がぺったんこって言っても怒らなかったし……姐さんはとっても優しい、いい人ですぅ」

「マジ? お前……あのルシエルちゃんにそんな事、言っちゃったの⁉︎」


 あの小生意気な上級天使様が、ウコバクにまでそんな事を言われているなんて。さっきまでは妙にムカムカしてたけど……その話は面白すぎる。


「ま、いいや。こんなところで遭遇したのも、何かの縁だし。お前らの高級品とやらを、土産に頂くとするか!」

「えぇ〜⁉︎ 嫌ですよぅ!」

「やっぱりこいつ、悪いお兄さんだ! お頭に、けちょんけちょんにされたクセに!」

「うるせぇ! とにかく……」


 そこまで言いかけると、言葉を途切れさせるように何かが俺を目がけて飛んでくる。おそらく地属性の魔法だろう。こちらに飛んでくる岩の塊を、既のところで避けるが。そういや、そんな事をしている場合じゃなかったっけ。俺としては、ちょっとした悪ふざけのつもりだったが。……見れば、魔法の術者はしっかり怒っているようだ。あっ、もしかして……これは余計な事をした感じか?

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