7−6 呪いの書が献上されたようです
ルシファーの話を聞くついでに、親玉の無責任さをふとした瞬間に思い出したが。ベルゼブブの事よりも、今は元傲慢の真祖でもあった天使長様のお相手が先だ。そんな事を考えながら、お節介なんて言い出した彼女に、お食事の感想も聞いてみる。
「なるほど? 要するに……ルシファーは、ちょっと魔力がヘンテコな悪魔の料理がお気に召したと。そういう事?」
「……ま、まぁな。どうしてもと言うのなら、また食べにきてやってもいいぞ」
「フゥン?」
顔を赤らめて満更でもない表情を見る限り……また食事しにくるな。コイツは。
「そういう事なら、いつでも歓迎するよ。いつもちょっと多めに作っているし、1人くらいなら増えても構わない。な、ルシエル?」
「そう、だな。ルシフェル様も私達のことで、気を回して下さっていたみたいだし……。こちらにお越しいただくのは、私も構わない」
「だ、そうだ。晴れて主人のお許しが出ましたので、いつでもどうぞ」
「む、無論だ! そこまで言うなら、気が向いたら食べに来てやる。……あ、そうだ。忘れるところだったが……若造、ほれ」
「うん?」
ルシファーがブツブツと何かを呟き、テーブルの上に何かを呼び出している。しばらくして彼女の手元に積まれたのは、妙に既視感のある本の山。どうして……ルシファーが「これら」をテーブルに並べる結果になるんだろう……?
「えっと、天使長様。これを……どうしろと?」
俺が並べられた8冊を指差しながら、尋ねると……ルシファーではなく、なぜかルシエルが不服そうに答える。
「……先日のデートの内容がめでたく、8冊目として刊行されました。……タイトルは『愛の紡ぎ方』だそうです」
「お、おぅ……」
「それで、神界に戻ったルシフェル様に……人間界の状況をミシェル様からご説明いただいたついでに、報告書として、呪いの書が献上されたようです」
「の、呪いの書⁉︎」
「……これを呪いと言わずして、何と言う?」
「あぁ、なるほど……。お前的には呪いだよな、コレ……。それはいいとして。なんで、その呪いの書をルシファーが並べる結果になるんだよ?」
俺の質問が尚も、ルシエルには理不尽に聞こえるらしい。彼女の口元が、明らかに不機嫌そうに言葉を吐き出す。
「……その呪いは天使長様をも飲み込むほど強烈で、天使長様としましては他の大天使様と同じく、自分の小説も特別仕様にしたいのだそうです」
「特別仕様?」
「旦那様。どうか神界の偉大なる天使長様の小説の中表紙に、サインをしてやってください」
「あっ、ハイ」
丁寧な言葉とは裏腹に、明らかに不機嫌マックスの声を出すルシエル。こういう時は抵抗しないに限ると、刷り込み済みの俺。一方で、俺が1冊ずつサインを走らせる様子を妙にワクワクした様子で見つめる、天使長様。……この状況では、ルシエルの敬語は冗談抜きで怖い。
「フム! これでこそ、天使長の私に相応しい所有物になったぞ! チケット5枚の小説が……チケット10枚分くらいにはグレードアップしたかな?」
満足げに代わる代わる、8冊に俺が走らせたサインを見つめるルシファー。それにしても……今、何て? チケット5枚? この小説が⁇
「な、なぁ、ルシエル……。チケットって、あの?」
「えぇ。例の徳積みチケットのことです。今の神界では、この小説が……1冊につき、チケット5枚で絶賛発売中です……」
「そ、それはそれは……」
未だに慇懃なよそ行きモードを崩さないまま、萎れた説明を加える嫁さん。確か、チケット1枚は金貨1枚相当だったよな? ……と、いうことは。目の前の8冊で金貨40枚、白銀貨4枚分ということか? それで……俺のサインが入ると、価値が倍になるって事? どういうレートだよ、それ……。
そんな事を考えながら隣を見ると、とても悔しそうに俯いているルシエルが目に入る。そうして更に目線を下に落とすと、左手で俺のエプロンを握りしめている。この様子は……確か慰めてくれ、だったと思う。
「ルシエル、元気出せよ。後で沢山、ナデナデしてやるから」
「うん……」
「ナデナデ? ルシエルは若造に……ナデナデしてもらうのがいいのか?」
何気ないいつもの会話に、尚も食いついてくるルシファー。……そこを器用に拾ってくるなよ。
「それ以上は内緒です。……この先はプライベートで、立ち入り禁止です」
一方で天使長様相手にも、断固拒否の姿勢を見せるルシエル。彼女の様子からして……これ以上押すのは、いろんな意味でマズいだろうな……。
「……ルシファー、悪いんだけど……。嫁さんはこの状態になると、冗談抜きでおっかないんだ。だから、何かある前に退散した方がいいと思うぞ?」
「そ、そうなのか? う、うむ……立ち入り禁止区域にも是非、邪魔したいと思っていたのだが。まぁ、確かに長居をしてしまったし、今日はこのくらいにしておくか……」
「……おっかなくて、悪かったな」
完全に機嫌がかなり鋭角の斜めになった嫁さんの様子に、スゴスゴと天使長様と共に退散する。こいつは自分でもポータルを構築できるみたいだし、エントランスまで見送ればいいか? ひとまずルシエルをリビングに残したまま、ルシファーを玄関まで促すが……何やら、気になることがあるらしい。ルシファーが廊下でヒソヒソと、俺に質問を投げてくる。
「……なぁ、若造。因みに、ルシエルはあの状態になると、どうおっかないんだ?」
「……それ、聞いちゃう?」
「あぁ。ちょっと参考までに、教えてくれるか。実はな、ルシエルは調和の大天使の最有力候補として、マナの目に留まっている部分があってな。……今後、密に話をする機会もあるだろうから、傾向は把握しておきたいのだ」
「そうなんだ? ……ルシエルは以前、理不尽な理由で翼を取り上げられたらしいことは聞いてたけど……」
「それはマナの意図ではなく、大天使共の独断で行われたことでな。なので、マナはルシエルを当時からも、そして今も……見限ったことはなかったらしい」
「そうだったんだ。そういう事なら、ちょっと安心したよ。それでなくても、以前のルシエルはとにかく周りを遠ざけようと、かなり取っ付きにくい雰囲気を醸し出していたから。その名残なのかは、分からないんだけど。ルシエルは自分が気に入らなかったり、誰かと関わるのを避けようとする時は、妙に刺々しい敬語を使う癖があってな。……あの状態で要求をゴリ押しすると、最終的にはキレて暴れ出すから、注意な。実際、ルシエルは単体でもかなり強いみたいだから、お前でも手を焼くと思うぞ」
「そ、そうか……。ならば、私も十分注意しておこう。何れにしても、色々と面白かった。また来てやるから、その時は最大限に私をもてなす様、心得ておけ」
「それ、自分で言うか……?」
そんなことを言いながら、ルシファーは魔界で発動していたのと同じ転移魔法で神界に帰っていく。やけに偉そうな態度とは裏腹に、意外と柔らかな笑顔を見せながら……魔法陣の向こうに搔き消える天使長様の背中に、何となく親近感を覚えずにはいられなかった。




