7−5 お節介を焼きたくなっただけ
「はいよ、お待たせ。で、話って何?」
話がしたいと、他のメンバーをまんまと厄介払いしたものの。俺が淹れたお茶を受け取りつつ、ルシファーが眉間にシワを寄せているのを見るに、内容はあまり楽観的なものでもないらしい。同じようにお茶を受け取りながらも、只ならぬ様子のルシファーにルシエルも緊張した面持ちだ。
「……若造はどこでラグナロクを習得したんだ?」
「どこでって……何で、そんなことを聞くんだよ?」
「……ラグナロクは闇属性の最上位魔法であると同時に、ヨルム語魔法の奥義の1つだ。お前は悪魔だから、ヨルム語を使えるのは当たり前なのだろうが、ラグナロクはロジックすら失われている魔法なんだぞ? それをどうして、お前が使えるんだ?」
「どうして、って……。以前、ノクエルって奴がアポカリプスを使って来た時に、構築を盗んだというか……そういや、ヨルム語も対になる魔法があったはずだって、何となく覚えててさ。それで魔法の鍛錬をしていたら、呪文と構築をうっすら思い出して使えるようになっていたけど。つーか、そもそもラグナロクって……そんな珍しい魔法だったの?」
俺が何の気なしに答えた内容に、ルシファーがあからさまに驚いた表情を見せる。そうして、しばらく額に手をやっていたかと思うと……諦めたように首を振って、言葉を続ける。
「……呆れた奴だ。お前、本当にそれだけをピンポイントに……しかも構築を完璧にこなすまでに思い出したのか?」
「思い出した? うーん、そうだな。確かに……気がついたら、理解していたな」
「あの、ルシフェル様。ハーヴェンがラグナロクを使える事に……何か問題が?」
話の意図が見えないのは、嫁さんも同じだったようだ。かなり困惑気味でルシエルが理由を尋ね、質問に気分を害することもなく答えるルシファー。水を向けた以上、彼女の方も説明する義務がある事くらいは理解しているらしい。
「ラグナロクを始め、5つのヨルム語の最上位魔法を記した魔法書は、随分昔から行方知れずのままでな。そのため現在の魔界にその5つ全てを使える悪魔はいないし、ラグナロクは現状完全に失われた魔法とされていた。と言っても、残り4つの行使はベルゼブブが独占しているし、実質、最上位魔法を使える悪魔は1人だったはずなのだが……。それはともかく。魔法書自体は、管理していたダンタリオンも気がついたらなくなっていたそうでな。未だに持ち出した犯人を特定できていないらしい」
「いや、そんなこと言われても……。俺はその魔法書を見たこともなければ、持ってもいないぞ?」
「分かっている。魔法書が失われたのは、400年以上も前の話だ。若造が闇堕ちする前の年齢を考えても、お前が持っている可能性がない事くらいはすぐに分かる」
「じゃ、何だっていうんだよ?」
「若造には……人間として生きていた以前の時代があったかも知れないという事だ」
「は?」
それって……つまり、どういう事?
「……知っているかも知れないが、大悪魔にはそれぞれ魔法とは異なる特殊能力がある。例えば、ベルゼブブには相手の嘘を見抜く力があったり、サタンは自らの怒りを力に変えることができたりする。そして私は……相手の魔力の質を細かく見抜く目を、闇堕ちの際に手に入れたのだが」
「あぁ、なるほど……そう言や、真祖には魔法とは別物の特殊能力があったな」
「と言っても、大天使クラスになれば、相手の魔力感知はできて当然の芸当だ。だから正直なところ、私の能力はとってつけたものでしかない」
そこまで言ったところで、何か不愉快なことを思い出したらしい。小さく嘆かわしい、とブツブツ呟きながら……妙に暗い空気を醸し出し始めるルシファー。その横で理由を知っているらしいルシエルも、妙に切ない表情をしている。
「まぁ、今の話に天使側の事情は関係ないな。……とにかく、だ。お前の魔力状態は私の目から見ても、かなり異質だと思う。……聞けば、お前は人間だった時から魔法が使えたそうだな?」
「うん? あぁ、そうだな。そのせいで、良くも悪くも、有名人だったみたいだ」
「となると、やはりお前は……特殊な存在ということになるな」
「……だから、何が? 魔法が使えたって事? それとも他の意味で?」
「生前の状況も含めて考えると、若造はリンカネートで転生した……特異転生体と見て、間違いないと思う」
特異転生体⁇ 何だ、それ? そんな話……聞いたこともないぞ?
「いや、待って。突然、そんなことを言われても、サッパリ分からないんだけど」
「特異転生体……リンカネートで転生した魂は、転生前の魔法能力を引き継いだ人間として生まれてくるそうだ。ただし、発動には天使の翼が1対必要になるため……余程のことがない限り、使われない魔法とされている」
俺が1人で混乱している横から、諌めるように嫁さんが魔法のあらましを説明してくれる。リンカネート……確か、光属性の最上位魔法の1つだったっけ? そんな大層な魔法を、誰がなんの理由で俺に使ったというのだろう。
「若造は魔法のスキルや知識を恐らく、人間より以前の代の物を引き継いで生まれてきたのだろう。無論、人間にも器持ちとして生まれてくる者はそれなりにいるが、魔力を溜め込む術は基本的に持ち合わせていない。故に、魔力が空気中に潤沢に存在している状態……ユグドラシルが生きている状態でなければ、魔法は使えないはずだ。だが、お前は魔力崩壊後にも拘らず、魔法を使うことができた。……それはつまり、お前が器以外に魔力を獲得できる術を何かしら継承していたことを示している」
「えっと……。それで……要するに、俺はどうすればいいんだ?」
「別に、お前に何かを求めてこんな話をしているわけではない。ただ、お前の記憶には二番底があることを覚えておいて貰えばいい」
「そんなこと言われても、ねぇ……。俺は今でさえ悪魔なのに、これ以上……何があると言うんだ?」
「そればっかりは、私にも分からん。私自身も偉そうな事を言っている手前、混乱させるだけで悪いのだが。そこまで魔力の変遷を追える程の能力は持っていない。ただ……今日の様子を見ていて、少しお節介を焼きたくなっただけだ」
「お節介? ルシファーが?」
今の今まで、目の前の天使長様にそんなお優しい部分は見受けられなかったのだが。
「これまでも密かに精霊と契りを結ぶ天使は多少いたものの、あろうことか悪魔とそこまで深い仲になる者は皆無だった。当然、マナはお前達がそういった関係にあることはとっくに知っていたはずだが……それでも、ルシエルを罰することもなく静観していたのは、恐らくお前達の今後を1つの試金石として見定めるつもりなのだろう。私としては、その関係性が壊れることよりも、継続されることを強く望んでいる。正直なところ、人間界というフィールドを抜きにすれば、天使と悪魔がいがみ合う理由はない。マナにとっても、始まりの禍根を帳消しにとまではいかないにしても……少しは和らげるという意味で、天使と悪魔が手を取り合うことは喜ばしいことなのだろう」
「始まりの禍根?」
「ルシエルに説明してある。……後で嫁から聞くといい」
ルシファーにそんなことを言われて、隣を見ると……ルシエルは少し申し訳なさそうにこちらを見つめて、コクコクと頷く。……後でちゃんと説明してくれそうだ。
「そういう部分も含めて……私はお前の記憶が本当の意味で全て戻った時に、それが壊れてしまうことがあってはならないと思っている。ベルゼブブからある程度は聞いているが、若造は人間だった時の記憶にはきちんと決着を着けられたそうだな? だから……心配する必要もあまりないとは思うのだが、一応な。こっちにやってきて、天使と悪魔と精霊とが一緒に楽しく食事などという光景を目の当たりにして、私にはそれが奇跡に思えてな。魔力崩壊を境に、精霊との関係性も悪化している中で……こんなにも温かい空間があるなどとは、思いもせなんだ。そして初めての食事とやらの経験が、こんなにも満ち足りたものであったのは、幸せなことに相違ない。……礼が遅くなってすまなかったが、今日は色々と世話になった。大天使共の様子を見る限り、これからもお前達には多大な迷惑をかけそうな気がするが、それも併せて……今後とも、よろしく頼む」
そこまでしおらしく言って、ペコリと頭を下げるルシファー。さっきまでは傲慢さが抜けていないと思っていたが、態度は天使長様に戻ったということか。お節介の中身を聞いてちょっと安心したものの、俺自身がそんな複雑な作りをしているとは思いもしなかった。
言われれば……ベルゼブブは端々に俺の成り立ちについて、知っている雰囲気を醸し出していたが。あの野郎、俺に肝心な事を伏せていやがったな。




