6−42 これ以上は内緒だ
偶然居合わせていたという、魔界の大物悪魔。そいつは選りに選って、かなーり危険な奴みたいで……嘘つきで通っているらしいけど。妙に色々と一致している気がして、落ち着かない。
「だったら、すぐにでもリッテルの足取りを確認した方がよさそうだね。とは言え、人間界はもう夜だろうし……。流石に夜の人間界を動き回るのは、マズいか。とにかく人間界の夜が明けたら、リヴィエルとカーヴェラに行ってくるよ。サンクチュアリベルは魔除けの道具であると同時に、最後に触れた魔力をわずかに溜める傾向がある。彼女がそんな大物に遭遇したのなら、きっと痕跡も残っているはずさ。それで……リッテルがマモンとかいうのに攫われたことが分かったなら、ルシフェル様やハーヴェン様に相談しよう?」
「そう、ね……。でも、もしリッテルが酷い目に遭っていたら……あぁ、どうしましょう! 私、取り返しのつかないことをしてしまったみたいだわ……!」
そう言って顔を覆うと、いよいよ大粒の涙を流しはじめるラミュエル。リッテルの仕事ぶりに問題があったのだし、ラミュエルは何も彼女を追い出したくて任を解いた訳ではないだろう。その上で、塔に細工をした挙句に攫われたのなら、ある意味で自業自得だと思うのだけど……。
「ラミュエル、落ち着いて。まだリッテルが攫われたと決まったわけじゃないよ。今はボクに任せて。そういうことで、オーディエル。悪いんだけど……」
「承知した。リヴィエルを連れて行くといいだろう。私からも今の話も含めて伝えておくから、明日の早朝、人間界に行ってくるといい。それと同時に、ルシフェル様が戻ったら相談しよう。なにせ、ルシフェル様はマモンを第1位から蹴落とした張本人なのだから。また我々のことを情けないとお怒りになるかもしれないが……その位、リッテルの命に比べれば些細な事だ」
そんな事を真面目に話している所に、オーディエルの手元に見慣れない黒い物体が飛んでくる。……何だろう? 手帳……かな? しかし、オーディエルは手帳に見覚えがあるらしい。こんな時にも関わらず、大事そうに両手で手に取ると……嬉しそうに顔を赤らめた。
「オーディエル……それ、何?」
「あ、あぁ。実は魔界でサタン様と文通をする約束をしてな……。専用の道具をベルゼブブ様から貸していただいたのだ」
サタン様? どこかで聞いた気がするけど……誰だっけ?
「サタン様って、確か……プランシーちゃんの親の悪魔……でしたっけ?」
涙声だけど、手帳に興味があるらしいラミュエルが呟く。あぁ、そうだ。確か、ハーヴェン様に脳筋とか言われていた大悪魔だった気がする。
「うむ。実はな、プランシーの件でサタン様と、配下のヤーティ様に世話になってな。見事、ルシエルがプランシーと契約をしたのだが……その際に、えぇと……」
「そうだったの⁉︎ ってことは、アーチェッタの事が分かったってこと?」
あんなに難しいとか言われていた、元神父の契約をあっさりゲットするなんて。流石、調和の大天使候補は手腕も確かみたいだ。なんだろう……ちょっと悔しい。
「……プランシーは理性を取り戻したとは言え、記憶が不十分なのだそうだ。だから、もう少し時間がかかるようなのだが……。それはさておき、配下の方が優秀なのはサタン様も一緒らしくてな。なので、プランシーの経過の相談も含めて、似た者同士で文通をすることになって……」
「フゥン?」
どう見ても、それだけではないような気がするけど。とりあえず、今はリッテルのことが最優先だ。でも……待てよ? サタンも大悪魔なんだよね? って事は……?
「……その手帳で、リッテルの事をサタン様とやらに相談できたりするって事?」
「そうか、そうだな! 確かに、サタン様もマモンと同じ大悪魔なのだから、相談をしてもいいかもしれん。それに、ヤーティ様はかなりの切れ者のようでもあったし……うむ。早速、相談……」
そう言いながら、手帳を開くオーディエル。だけど彼女の言葉が、不自然に途切れる。
「……オーディエル、どうしたの?」
「……いや、えっと……」
「ん? なになに?」
やや強引に、オーディエルの手元にある手帳のページに視線を落とすと……そこにはかなーり、不器用な感じの字が並んでいるのが見える。えぇと……?
「……ヤーティに散々お説教をされたけれども、うん? あぁ、何だろう……もの凄く達筆すぎて、スムーズに読めないよ……えっと? ……無事、お前に手紙を書けて、とても楽しい……ほぅ?」
「ミシェル! 読み上げなくていい! サタン様には私から相談しておく! だから……あっ!」
妙な乙女具合を発揮しているオーディエルから手帳を取り上げて、更に先のページの文字を目で追ってみる。だってさ……。
「……ここまで読ませといて、内緒はないでしょ? ……大体、これはどう見ても……」
「もしかして……ラブレター?」
見れば、さっきまで泣いていたラミュエルの涙がピタリと止まっている。リッテルの事を相談するつもりだったはずのオーディエルが、これ以上ないくらいに真っ赤になっているところを見ると……ラブレターをもらう事に乗り気みたいだ。
「なるほど……サタン様っていうのは、かなり情熱的な悪魔だったんだね……。ほら、ラミュエル、見てよここ。1番最初のページなんか、凄いよ?」
「そうなの?」
「うん。“好きだ、付き合え”って書いてある」
「……」
その発表にもはや言葉もないオーディエルをよそに、次の文章を確認すると……あぁ、これはオーディエルの返事らしいなぁ……。
「ふ〜ん。オーディエルも“私で宜しければ”って返事したんだ。サタン様って、そんなにカッコ良かったの?」
「あ、いや……とびきり格好いい、という訳ではないのだろうが……。純粋で優しくて……何より、とても逞しくてな……。男らしさに溢れている方だった……!」
「あぁ、そう……」
様子を見るに、根はロマンチスト同士ってところか……。
「で、お説教されたサタン様はなんて書いてきたんだろう……どれどれ?」
お説教が終われば、手紙を書くことができる。
その事で頭がいっぱいで、中身を考えることができなかったが、とにかく大好きなお前の返事が欲しくて手紙を書いている。
何もなくとも、手紙をくれると嬉しい。
待っている。
サタン
「……凄いね、これ。……下手に言い訳してこないところが、潔いっていうか、間抜けっていうか……」
「そういう方なのだ……真っ直ぐで不器用で……フフフ。そういう事なら折角だし、リッテルのことも含めて……後で返事を出すとしよう。きっと、お力を貸してくれるに相違ない」
「あ、うん……」
そう言いながらボクの手から手帳を取り戻すと、大事そうに鍵を掛けてしまい込むオーディエル。……返事は自室で書くつもりらしい。
「それにしても……いいなぁ。そんなにストレートに大好き、なんて言ってもらえて。ね、ね! 続報があったら、ボクにも教えてよ?」
「……これ以上は内緒だ」
「ケチ!」
「それはとにかく……サタン様にも協力を仰いでみるから、返事がきたら、きちんと報告する。それまで待っていてくれるか」
「ま、そういうことなら仕方ないよね。……ボクは人間界の調査、そんでもって、オーディエルはルシフェル様に報告とサタン様に相談。それでオーケー?」
そこまで言ってオーディエルと頷きあう。一方で……話に置いていかれ気味のラミュエルが、戸惑ったように慌てて口を挟む。
「あっ、あの……私はどうすればいいのかしら……?」
「ラミュエルは少し休んでなよ。今の状態じゃ、リッテルに関しては冷静な判断はできないでしょ? リッテルのことはボク達に任せなって。その代わり、ラミュエルは人間界の監視を怠らないようにしておいて」
「確かにそうね……。ありがとう。そういう事なら、悪いのだけど……リッテルのこと、頼むわ。……しばらく私もちょっと頭を冷やさないといけないと思うし、留守番とこちらのお仕事は抜かりなくできるように頑張るわ」
「そうそう。こういう時のための役割分担じゃないか。……折角3人いるんだし、フォローしあわないと」
ちゃんとこうして、話ができるようになったんだもの。だったら、これからは互いに協力しないといけないよね。以前はハミュエルに比べて弱っちくて、ナヨナヨしていたラミュエルがもの凄く嫌いだったんだけど。今はそんなことも思わなくなったから、不思議だ。その辺はやっぱり……「愛」の効果なのかなぁ?




