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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第6章】魔界訪問と天使長
227/1100

6−35 1つの終焉

「約3000年程前の事だ。かつて世界には、太陽の女神と地底の男神がいた。女神の名前はマナ、そして男神の名前はヨルムンガルド。彼らは互いに認め合いつつも、種族の違いから交わることはないはずだった。しかし、輝かんばかりに美しいマナに恋い焦がれるヨルムンガルドは、醜悪な大蛇の姿を捨てようと、気の遠くなるような回数の脱皮を繰り返し……ついに彼女と同じ姿を持つまでに至った」


 マナの「私情」を語り始めたルシフェル様の口調は、まるで昔話を読み聞かせてくれるような……どこまでも穏やかなものだった。表情は依然、硬いままだが。それはおそらく、使命感によるものだろう。


「今の精霊達が交渉の姿として“理性の姿”を持つのは、ヨルムンガルドの恋慕に起因する。元はヨルムンガルドがマナを手に入れたいとする欲望が具現化した結果だったのだが……そこまでして天空の城に住まう自分の元にたどり着いた男神を見捨てることもできず、マナはついに彼を受け入れるに至った。しかし、マナが産み落とした子供はこの世のものとは思えない異形を成していて……産み落とされると同時に、息を引き取った」


 幸福の記憶からの、喪失。明らかな暗転が、物語の終焉がハッピーエンドでないことを予感させる。


「ヨルムンガルドの本性を色濃く残した我が子の姿と、生命力の弱さにマナは絶望し、彼女は三日三晩泣き続けた。そして、彼女の涙は天空の大地を潤し、嘆きは深く深く……根を下ろし始めた。マナが自分の姿が変化したのに気づいた頃には、既に彼女の足は白亜の樹木となっていた」

「それって、まさか……」

「そう、マナツリーの母体となる苗木は……マナの女神そのものが変化した姿だった。一方で、ヨルムンガルドは自分に会ってくれなくなった彼女に拒絶されたと思い込み……彼女を激しく恨み、憎んで、悪い感情をまき散らしながら地底に帰っていった。地底に潜ったヨルムンガルドは鱗をすり減らしながら、周りを永久凍土に変え……擦り切れた腹から滲む血で呪いの言葉を記しながら、溶岩の川を地底に刻み……最後の地で塒を巻いた後は霊樹・ヨルムツリーに姿を変えて、魔界・コキュートスを作り上げた。そして、ヨルムツリーはやがて6つの実を実らせ、大悪魔を生み出したが……それだけでは飽き足らず、地上にも悪しき魔力を吐き出すようになる。《羨望》《怠惰》《暴食》《憤怒》《色欲》《強欲》……数多の負のエネルギーを人間達がより強く持つようになったのは、ヨルムツリーがそういったものを吐き出し続けた結果に過ぎない。……人間は昔から、ここまで愚かではなかったのだよ」


 そこまで話をしたところで、さもやりきれないと虚空を見上げるルシフェル様。しかし尚も話を続けようと、気持ちを持ち直したのだろう。自分を叱咤するように首を振ると、更に言葉を吐き出す。


「そんな下界の様子に心を痛めたマナは始まりの天使5人を作り出し、人間達に必要以上の苦しみを与えぬように彼らを救うように望みを託す事にした。そして、彼女達に髪の毛から作り出した5つの神具を与えると同時に、これから自分の枝に実るであろう浄化の魔力を吐き出す霊樹の実を、大地に埋めてくるように指示を出して息を引き取った。やがて、予告通りに実った霊樹の実は5人の天使の手により大地に埋められ、それぞれ立派な霊樹として成長する。そうして……雄々しく育った5本の霊樹の魔力に反応できるものが精霊となって、それぞれの霊樹の元で暮らすようになったのだ。ユグドラシルは少々事情が異なるが、ドラグニールの魔力を受けたものは竜族に、ローレライの魔力を受けたものは機神族に。アークノアの魔力を受けたものは魔獣族に、そしてグリムリースの魔力を受けたものは妖精族に。より多くの魔力を必要とする精霊達は、空間的に人間界から隔絶されたそれぞれの世界で暮らし始めたと同時に、死に際しては……中心であるユグドラシルに身を捧げ、魔力を還元する事で世界を保っていた」


 精霊を捧げて、霊樹を復活させる。それはあながち、間違いではないのかもしれない。霊樹始まりの原理は……確かに、同じ理念を礎にしていたのだろう。


「しかし……今はその仕組みさえ、崩れているのです。魔力の調律をしていたはずの竜族は世界に失望し、自分達の世界に引き籠もったまま。他の精霊界の霊樹は徐々に魔力を失いつつあり……残った魔力を巡って、種族内で淘汰が進む状況も確認されています。更に人間界ではあろう事か、神の使者であるはずの天使が音頭を取って霊樹を復活させるなどという妄執の元、非人道的な人体実験が繰り返されている……」

「そのようだな。今は世界のバランスさえも崩れてしまっている。ヨルムンガルドが吐き出した負のエネルギーを吸った人間の愚かさは、止まる事を知らなかった。そして、彼らを導くはずの天使もまた、段々と愚かになっていった」


 更にやり切れないと言いたげに、話の合間にルシフェル様が深く息を吐く。


「……いつしか、始まりの天使は自分達が特別な存在だと思い込むようになり、日に日に常軌を逸脱していく。ある日、下級天使は使い捨ててもいいなどと、ミカエルが申した時……私は1つの終焉を見た気がしたよ。それは既に霊樹と化したマナも一緒だったらしい。マナツリーが彼女達の翼を奪い、放逐する事を決断するのに……そう時間はかからなかったが、それでも私には妹達を見捨てることができなかった。彼女達がどんなに愚かであろうとも、この手に粛清を命じたマナツリーを心底、憎んだよ。同時に全てを正しく導けるはずだと思い込んでいた私は、自分の不甲斐なさにも失望していた。そうして闇堕ちした私を、ヨルムツリーが傲慢だと罵るのも無理はなかったのかもしれない。私を7人目の真祖の悪魔として受け入れたのは……ヨルムンガルドのマナに対する意趣返しでもあったのだろう」


 ヨルムンガルドの意趣返し、と呟いてはさも情けないと嘆息するルシフェル様。その仕返しは相手を間違えているとしか思えないが……ルシフェル様の方はマナの女神への当て付けを受け入れるのも、さも当然だと思っているらしい。彼女の自意識は、今まで天使としての矜持を一瞬たりとも捨てなかった事の証明にも思えて……これが天使長の尊厳なのだろうかと、考えずにはいられなかった。

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