6−12 頑張らない子には、ご褒美はないよ
「リッテルは生前、お姫様だったものね……。きっと、花よ蝶よで育てられてきたんだと思うわ。だから、自分の思い通りにならない事があったのが、面白くなかったのでしょう。実際、彼女自身は相当の美人だと思うし、本人も自信があったみたいだし……。ハーヴェンちゃんに振られて、悔しかったのかも……」
風当たりが強かったのかも……なんてボクが考えていると、ラミュエルがリッテルの性格についてポツリと呟き始める。……へぇ、リッテルって転生前はお姫様だったんだ。直接会ったことはないにしても、監視の仕事に向いていないかもなんて聞いていた手前、名前だけは知っていたけど。そっか、そんなに綺麗な子なんだ。
「何れにしても、リッテルの行方を探す方が先かもね。ボクは後で神界門の通過履歴を確認しておくよ。彼女がちゃんと神界に帰ってきているか、履歴を洗ってあげる」
「……ミシェル様。神界門にそんな機能、ありましたっけ?」
流石、オーディエルのお気に入りは違うなぁ。リヴィエルは色々と、神界のシステムを把握しているらしい。そこに気づいてくるなんて……お主、やりよるな。
「あぁ、ノクエルの件があったから、神界門の機能を改良したんだよ。今までは表面上は天使でさえいれば通過できちゃったから、堕天使の侵入も許していたみたいだし。だから……ちゃんと本人の魔力状況と翼の数、そして精霊帳の有無で記憶台のデータと照合できるようにしてあるんだ〜。どう、すごいでしょ〜?」
「そうだったの? 本当、ミシェルには頭が上がらないわ……。それじゃ悪いのだけど、リッテルの通過履歴の確認をお願いできる?」
「もちろん、任せておきなよ。それもボクの仕事だからね」
「えぇ……。それにしても、ミシェルはちゃんとするべきお仕事をしていたのね……。私も負けてられないわ。お仕事、もっと頑張らないと!」
ラミュエルは昨晩の誓いを思い出したらしい。今までの彼女だったら、ただ落ち込むだけだったろうに……随分と変わったなぁ。まぁ、それはボクも一緒か。
以前のボクだったら、神界門の機能を改良するなんてこと、面倒臭くて自発的には絶対にしなかったと思う。でも、ノクエルの一件をオーディエルから聞いた時、なぜかボクがしっかりしなくてどうするんだという気分になって。不思議と頑張れる気がして、夢中で神界門の構築を考えて……そしていつの間にか、改良が完了していた。疲れもしたけど、得られた達成感はそれ以上に心地よいものだったのを、しっかりと思い出す。
「そうそう。頑張らない子には、ご褒美はないよ。ボク達も旦那様のご褒美がもらえるように、頑張らないとね」
「それって、どういう意味ですかぁ〜? 頑張れば……ハーヴェン様のおやつがもらえたりするんですか?」
何やら、妙な方向に勘違いしたマディエルが首を傾げている。
「それは内緒だよ。ね、ラミュエル?」
「えぇ、そうね。でも、ハーヴェンちゃんみたいな旦那様はきっと、頑張っている子が好きなのだと思うわよ。だから、私達もお仕事を頑張って素敵なご縁に恵まれるようにしないとね?」
「あぁ〜、なんだか誤魔化された気がしますぅ〜」
意外と変なところに気づくマディエルを他所に、キュリエルが心配そうな顔をしている。まだ……何か心配ごとがあるんだろうか?
「どしたの、キュリエル。……やっぱり、リッテルが心配?」
「えぇ……なんだか嫌な予感がするんです……。すぐにミシェル様が復旧してくださったとは言え、昨日の僅かな時間は塔の記録がないんですよね? もし、リッテルが帰っていなかった場合、何かに巻き込まれていなければいいな、なんて思いまして……」
「そうだよね……お仕置きはしなければいけないだろうけど、それ以前にリッテルの安全は確認しないとダメだよね。ま、すぐにでもそこも含めて確認してあげるから……ちょっと待っててよ」
「はい……よろしくお願いします……」
そうして、早速とばかりにラミュエルの部屋を出て行こうとすると、一緒にリヴィエルも退出するつもりらしい。律儀にラミュエルに一礼すると、ボクに付いてきた。
「……ところで、ミシェル様。もしかしたら、リッテルの行方をある程度は追えたりするんですか?」
「あ、何か気づいた?」
「私は排除部隊所属なので、塔の仕組みは詳しく分かりませんが……ただ、あれが魔力分布を詳細に記憶していることだけは知っています。先ほど、神界門の改良について魔力の照合のお話があったかと思いますが、それって……もしかしたら、塔の魔力データと紐づいていたりするのかな、と思いまして……」
「……リヴィエルは伊達に、オーディエルの補佐役をやっているわけではないみたいだね。予想通り、実は人間界の魔力データを確認して、各員の状況も把握できるようにしてあるよ。ほら、最近はみんな、人間界に行きたがるでしょ? だけど、人間界で何人も天使が殉職していることを考えると……人間界へのお出かけは、お気楽なものでもないんだよ。だからせめて、消息がない天使がいた場合は、最後にどの辺にいたかを把握できるようになってる」
しかし……それはある意味で、とても残酷な仕掛けでもある。「最後にどの辺にいたか」を把握するだけでは、対象を助けることにはならない。異変に気づいた時は大抵、手遅れだろう。そして、それに気づけないほど、リヴィエルも間抜けではなかったらしい。口をキュッと結んで、ちょっと不服そうにボクに意見する。
「……なんだか、悪趣味ですね。それって、要するに……消息を断つまで、調べてもらえないってことですよね? その前に助けることはできないんですか?」
「そこも切り込んでくるか。もちろん、そうしたいのは山々なんだけど……正常値を監視するのは、とても大変なんだよ。異常値になる前の正常値に異変が起こっているのを把握するのは、異常値を見つけることと比べても、決して単純じゃない。でも、やられっ放しは悔しいだろ? だからせめて……最後に何があったのかの手がかりになればと思って、データの蓄積はちゃんとしてあるよ」
「……すみません、出過ぎた事を申しました」
「いや、いいんだよ。そういう風にちゃんと主張できるのは大切な事だと思うし。それにボクだって、それをそのまま放置するつもりはないから安心して。仕事の合間に、その辺も拾えるような構築を考えるから」
「ありがとうございます。私にもお手伝いできることがあったら、遠慮なく言ってください。……私は切った張ったしかできない役立たずかもしれませんが、小間使いくらいはできます。何かあれば、足代わりにでも使ってください」
「謙遜はよしなよ。ボクは君がとっても優秀なのを、知ってるよ? だって、今日もオーディエルの管理者代理を任されてるんでしょ? だったら、今はオーディエルの留守を守る事を優先しなきゃ。もちろんお願いしたいことがあったら、オーディエルを通して頼みに行くから、その時はよろしく」
そこまで言うと、リヴィエルの表情が若干柔らかくなった。オーディエルに似て、とっても真面目みたいだけど。彼女よりは柔軟っぽいし、何より遥かに融通も利くらしい。
「はい! その時は是非、思う存分に使ってください」
「うん、そうさせてもらうよ」
少しだけ気分を高揚させたリヴィエルの背中を見送って……ボクも早速、仕事に取り掛からなければと情報管理室へ戻る。
さて。ここからが、改めてボクの腕の見せ所だ。空白の時間があろうと、どんな些細なことでも拾ってみせるさ。神界最年長は伊達じゃないってこと、思いっきり発揮してやる。だから……マナツリーに、神様。お願いだから、どんなに悪い子であろうと……あなた達の愛子を、いつも見守っていてくれないだろうか。




