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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第6章】魔界訪問と天使長
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6−2 いろんな意味で忘れられない味

「さ、俺達も頂こうか。既に並べている手前、申し訳ないけど。口に合わないものがあったら、遠慮なく言って下さい……って、聞いてる?」

「……ハーヴェン。多分、大丈夫じゃないかな……」


 私の隣側に座っている3人は、料理に夢中の様子だ。不味いなんて言葉は決して、出てこないだろう。


「そうそう。この辺りで皆さんの紹介をしておこうかな。まずギノの向かいに座っているのが、オーディエル様。そして、お隣がミシェル様。で、私の隣に座っているのが、ラミュエル様だよ。……それぞれ神界の3要素を受け持つ、大天使様なんだ」

「うむ、お初にお目に……かかります。私はオーディエルと……言います……」


 ハーヴェンの視線が気になるらしい。いつもの口調がぎこちなくなっている、オーディエル様。そしてそれを茶化すように、ミシェル様が愉快そうにツッコむ。


「アハハ! オーディエル、何それ⁉︎ 今更、乙女チックに振舞っても全然、似合わないって! ……で、ボクはミシェル。この中では1番ピチピチに見えると思うけど、実は1番年上なの。一応、1270年くらい天使やってま〜す。よろしく!」

「せ、1270年⁉︎」

「もぅ、そういう悪趣味なこと言わないの。……まぁ、それはそれとして。私はラミュエル。一応ルシエルの上司にあたるんだけど、色々とルシエルにはお世話になりっ放しで……時折、どちらが上司か分からなくなる時があるわ」

「いえ、そんなことは……」

「ウフフ、謙遜しなくていいわよ? それにしても、本当、どのお料理も美味しいわぁ。生前にこんなに素敵なお料理を頂いたことなかったものだから、ちょっと涙が出そう……」


 そんな風に目元を抑えるラミュエル様に、ギノがおずおずと尋ねる。彼女のお言葉に、気になることがあるみたいだ。


「あの……ラミュエル様? も元々は人間だったんですか?」

「えぇ、そうよ〜。私は特に貧しい村の生まれだったから、お食事をお腹一杯食べられたことはなかったの。だから、こんな風に暖かいお食事を頂けるなんて、感動しちゃうわ」

「そう、だったんですか……」

「私が生きていたのは、魔力崩壊の前の時代だったんだけどね。その時代は魔力を使っていい人と、それを許されない人の階層で別れていたの。……で、私が生まれたのは、許されない側でね。周りの人はみんな、魔力を使っていい人達を羨ましげに眺めていたわ」

「……魔力崩壊前はみんな幸せだったんだと思ってたんですけど、違ったんですね……」

「えぇ。でも、それは仕方のないことなのよ? ……どちらも同じ人間だけど、人間は自分の下に人間を作りたがるものなの。どんなに平等を叫んでみても、生まれた瞬間に多かれ少なかれ不公平が生まれるわ。だから、私達はそれをできるだけ埋める努力をしなければいけないのでしょうけど、なかなか難しくてね。……どうすればいいのかしら」


 意外にもラミュエル様が真剣な話をし出したので、ギノが食い入るように聞き入っている。この子としても自分が生まれた時代だけではなく、他の時代の子供達も苦しんでいた事実が捨て置けないのだろう。


「でも、不平等がなくなったら、人は努力しなくなるんじゃないかな」

「それって……どゆこと?」


 ちょっとの沈黙を破るように、ハーヴェンが口を挟む。彼の一言に不思議そうにダウジャが首を傾げているが、それはハンナも同じらしい。隣のダウジャと同じ角度で首を傾げている。


「人間も含めて俺達も、だけど。足りないと思うものがあるから、現状より良くしようと頑張るんだよな。でもその足りない、は大抵の場合……他人との比較が大元だ。あの人は持っているのに、自分は持ってない。あの人は幸せそうに見えるのに、自分は不幸だ。……みんな、そんなことを考えながら生きている。だから自分が望む結果を求めて頑張るんだと、俺は思うよ。みんな同じように幸せで、満たされていたら……きっと頑張る奴はいなくなってしまう」

「なる……ほど……」

「とは言え、その頑張り方を間違える奴……例えば他人から奪ったり、他人を騙したりする奴とか……がいたりするから、世界が荒れたりするんだろうけど。だから、不公平を埋めるんじゃなくて、不公平の埋め方をきちんと教えてやったほうが効果的なんじゃないかな」


 ハーヴェンはいつもの調子で呟くが、それがいかに重要なことかを本人は分かっているのだろうか。見れば私の隣の3人はいたく感動したように、ハーヴェンを穴が開くのではないかという程に見つめている。


「いや、素晴らしい! 実に、素晴らしい‼︎ 予々、ルシエルからハーヴェン様の含蓄のあるお言葉をお伺いしていたのだが、ここまで腹に落ちるお言葉をすんなりと紡がれるとは!」


 興奮ついでに、口調がいつもの調子に戻ったオーディエル様が頬を赤く染めている。


「ボクも驚いちゃった。ハーヴェン様は鋭いことを言う人だって聞いてたけど、やっぱり生のお言葉は違うなぁ!」

「本当、ハーヴェンちゃんの言うことは一理あるわね! そうよ! 不公平を埋める方向性を示してあげれば、人はもっと正しく生きていけるのかもしれないわ! 今日はやっぱり、こちらにお邪魔してよかったわぁ〜」


 そんな調子で、ミシェル様とラミュエル様も大げさな様子で興奮している。一方で……彼女達の勢いに気圧されるように、及び腰のお向かいの4人。色々と申し訳ない……。


「い、いや……そこまで大層なことじゃないと思うけど……。というか、ルシエル。普段、向こうで何を話しているんだよ……。一体、何をどう話したら、こんな風になるんだ⁉︎」

「……私にもよく分からない」

「あ、そういうこと……?」


 そのハーヴェンは、私の一言に全てをキッチリ察したらしい。常々周りが大騒ぎするから疲れる、と彼にこぼしていたのが……間違いなく効いている。


「あの、そう言えば。コレ、なんて言う料理? ボク、元はかなり昔の人間だから……今の食事ってよく分からないんだよね。でも……この味、何だか懐かしい」


 その場で勝手に盛り上がって一頻り騒いだ後、再び料理を口に運び始めたミシェル様がポツリと呟く。そんな彼女の質問に気を取り直して、とハーヴェンがきちんと答えるが……。前もってメニューは渡してあったと思うが、それでも目の前の料理が何か分からないということは、ミシェル様も生前は食事に恵まれなかったのかもしれない。


「あぁ、それはキノコのオリーブオイル蒸し。その味が懐かしいってことは……ミシェル様はどちらかと言うと、温暖で割合乾燥した地域の出身なのかな?」

「え? どうして分かったの?」

「オリーブは日差しが好きで、多湿がちょっと苦手な植物でね。だから、オリーブオイルを使った料理が懐かしいということは……オリーブが育つ気候帯の出身ってことかな、って思っただけさ。なお、そいつには皿の上に一緒に乗っているココットの胡椒入りレモンソースをかけることをお勧めしま〜す。オリーブの風味がまた少し変化して、俺としては一押しの食べ方です」

「そうなんだ! これ、このまま飲むんじゃなかったんだね……」

「……そいつはやめておいた方がいいだろうな。多分、いろんな意味で忘れられない味になるだろうし……」

「そうだったんだ。危ない、危ない」


 思いがけず、ミシェル様の出身地に話が及んだついでに……そんなやり取りが繰り広げられているものだから、私も含めて全員、使いどころが今ひとつ分からなかった黄色い液体をキノコに回しかけている。


「……!」


 単品では忘れられない味らしいソースをかけた途端、ハーヴェンの言う通り……それまでシンプルだったキノコの味わいがちょっと爽やかにかつ、刺激的に変化する。キノコ自体も数種類混ぜてあるらしく、歯ざわりと香りがそれぞれ違うのがまた楽しい。


「お、ギノはお代わりか?」

「あ、ハイ……今日は魔法を沢山使ったから、ちょっとお腹が空いて……」


 どうやら、余程お腹が減っていたらしい。気づけば……いつもの様子からは想像できない速さで、ギノが自分の分を平らげていた。


「うん、遠慮はいらないぞ。リゾットのお代わりを持ってきてやろうな。因みに、今日はリゾットをもう一種類、用意しています。1皿目を食べて、足りないようであればお申し付けください〜」

「な、何と! それは……本当ですか⁉︎ じゃ、じゃぁ……私にもお代わりくださいっ!」


 やっぱり後半がぎこちない口調になりながら、ギノにつられてオーディエル様も嬉しそうにお代わりを申し出る。それにしても、もう既に1皿目を平らげているとは。……やはり体が大きいと、食欲も旺盛なものなんだろうか?


「ホイホイ。とりあえず、2名様分のお代わりを持ってきま〜す。少々お待ちを〜」


 ギノとオーディエル様の皿を下げつつ、しばらくしてハーヴェンが2種類目のリゾットを持ってくる。2皿目はどうやら……バジル仕立てらしい。目にも鮮やかなグリーンが、とても印象的だ。


「はーい、お待たせ。2種類目はホタテとエビのジェノベーゼリゾットです。他の皆さんの分もちゃんとあるから、お腹に余裕があったら遠慮なくどうぞ〜」


 ハーヴェンは先んじて提供された2人のリゾットに、チーズを削ってふんわりと乗せている。そうして、まるで軽やかな羽のようなチーズがリゾットの熱でゆっくりと溶けていく姿は……明らかに美味しそうな雰囲気を醸し出していた。


「ゴクリ……」


 一足早く2種類目のリゾットに舌鼓を打っている2人に、食欲を刺激されて。気づけば結局、残りの全員も居ても立っても居られないとばかりにお代わりを要求し、2皿目のリゾットも難なく平らげていた。

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