5−37 魔獣族の流儀
草原に出ると、風が心地よく吹き抜けていく。ここなら誰もいないので、思いっきり魔法の練習ができそうだ。竜界ではある程度、うまく魔法を発動できたけど、人間界の魔力はとても薄い。竜界でできることと、人間界でできることの差がどのくらいあるかを確認するのは、とても大事なことだと思う。
「……う〜ん。やっぱり、中級ともなると錬成が難しいな……」
先程から何度もボフン、と大きな音をさせながら……魔法の不発弾を量産しているダウジャが、指南書と睨めっこをしている。表情は真剣そのもので、ハンナもなんだか不安そうだ。
「ダウジャはどの魔法を練習しているの?」
「あ、あぁ……このファイアストーム、っていう魔法なんだけど……。ちょっとイメージが湧かなくて。ファイアボールみたいに、球体を思い浮かべればいい訳じゃないみたいなんだよな……」
「錬成にイメージは大事だよね。中級以上の魔法は具体的なイメージがないと、理解しづらい物も多いし……」
「そうなんだよなぁ……ストームって、どんな感じなんだろう? ここには火柱を発生させるって書いてあって……そんでもって、ちょっとイメージのコツも書いてあるんだけどさ。火柱って炎がブワーっ……て上がるだけじゃないのか?」
「なになに……? ストームは嵐という意味です。空に向かうようなイメージで、火柱を想像してみましょう……って書いてあるね。となると……風を受けて、舞い上がる感じなのかなぁ」
「お、なるほど。今度はそのイメージも思い浮かべながら、やってみるか」
僕の朧げな呟きにも、何かを閃いたらしいダウジャが呪文をもう一度、呟き始める。きっと、炎が舞い上がるイメージを思い浮かべながら、一生懸命に呪文を唱えているんだろう。ちょっと詠唱が長引いているみたいだけど……今度は綺麗な赤い魔法陣が、少し離れた平地に描かれていく。
「紅蓮の炎を留め舞い散らさん、空を焦がし焼き払え! ファイアストーム!」
ダウジャの言葉と同時に、魔法陣から舞い上がる炎の束。少し威力は控え目だけど、炎の舞い上がった後の草原は綺麗に焼き払われて、円形の地肌が露出していた。
「やった! できたぞ!」
「すごいわ、ダウジャ! 中級魔法を使えるようになるなんて!」
「よっし、次はもっと……早く発動できるように練習するぞ!」
そう言い合いながら、2人で楽しそうに跳ねている猫さん達。特に当のダウジャは余程、新しい魔法を習得できたのが嬉しかったんだろう。一頻り楽しそうにした後、指南書を読み直しながらブツブツ呟き始めた。
「ところで、ハンナはどの魔法を練習しているの?」
「私はまず自分が使える魔法が人間界でどの程度使えるかを、確認しています。指南書には魔法を使うための心得として、自分が使える魔法を磨き上げるのも大切だと書かれているんです。確かに、新しい魔法を増やすことも重要だとは思いますが、まずは自分ができることを把握しようかと」
新しい魔法を習得すれば、すぐにできることが増えるかもしれない。だけど、魔法はただ発動できればいい訳じゃない。いつもきちんと使えるようにならなきゃ、意味がない。使える魔法も訓練して、「どんな時でも同じように発動する」のが重要なんだって、父さまも言っていたっけ。
「そっか。確かに、それも大切な事だよね」
「ところで、坊ちゃんは何の練習されているのですか?」
「うん、僕は異種多段構築の発動を練習しているんだよ。同じ魔法であればトリプルまではできるんだけど、違う魔法を組み合わせての発動はまだ上手くできなくて……この辺りは、ハーヴェンさんにコツを聞いた方がいいかなぁ」
「ハーヴェン様なら、色々と教えてくれそうですね。一通り練習してみて、アドバイスをお願いするのもいいと思います。それにしても、魔法って本当に奥が深いです……あんな風に飛び出して来なかったら、魔法を覚える楽しみも気づけなかったのかしら……」
「そうですね。……居なくなってしまった仲間達には申し訳ないですけど、俺は生き延びられたことを後悔したくないです。だからこの先は目一杯、今までできなかったことをしたいと思います」
「えぇ、そうよね。亡くなったみんなの為にも……前を向かないといけないわよね」
2人でそんな事を言いながら頷く様子に、僕はなんとなく羨ましさを覚えていた。
生き残ってしまったのは、僕も同じだ。本当はとっくに死んでいたはずなのに。マスター達に助けてもらって、幸せに暮らしている。ちょっと前までは、それすらも後ろめたく感じたけど……後悔したところで、みんなが戻ってくるわけでもない。だったら、僕もこれから見つかるかも知れない、守りたい人を守れるように……精一杯、前を向かないといけないと思う。
「うん、そうだね。僕ももっとたくさんの事ができるように、頑張りたいな」
「おぅ!」
「……ったく、どこまで逃げたんだと思ってたけど。こんなところにいたんだな。随分、探したぜ〜?」
そこまで3人で話していたところで、急に頭上から声が降ってくる。声の方を見れば、上空から背中に翼の生えた男の人がこちらを睨んでいた。彼の周りには、同じように翼の生えた人達が……6人。彼らはもしかして精霊、だろうか?
「ダイアントス……!」
「えっ?」
鋭い声に、振り向けば。ダウジャがハンナを庇うように背中を丸くして、男の人を威嚇している。そうか、彼がダイアントス……ダウジャ達の仲間を傷つけた張本人か。
「……あなたが魔獣王のダイアントスさん、でしょうか。こんなところまでやって来て……まさか、まだダウジャ達にひどい事をするつもりなんですか」
「あ? 余所モンのガキは引っ込んでろ。俺はそっちのハンナに用があるんだよ」
「ハンナに?」
不意に名前を呼ばれたハンナが、怯えきった様子で震えている。彼の目的は分からないけど……ハンナの様子を見る限り、どんな事でも断ったほうが良さそうだ。
「僕達は同じマスターに契約を預けている精霊なんです。……あなたの用件は知りませんが、彼らに魔獣界に帰る意思がない以上、放っておいてくれませんか?」
「へぇ〜? レベル1のゴミと契約する天使がまだいるのか? お前らなんぞと契約するなんて、その天使もよっぽどのバカかクズなんだろ?」
あからさまにバカにしたような物言いに……いけない事とは思いつつ、腹が立って仕方がない。ダウジャ達をゴミ呼ばわりした挙句に、マスターまでクズ扱いするなんて。
「……俺達のマスターは、上級天使様さ。お前なんか、相手にならないほどの立派な方なんだよ! 確かに俺は……最下級の精霊だしゴミかもしれないが、マスターを馬鹿にするのだけは許さねぇぞ‼︎」
そう言いながら、シャーッと更に激しくダイアントスを威嚇するダウジャ。彼はハンナを守るつもりで、臨戦態勢に入ったようだ。
「ゴチャゴチャうるせぇんだよ! とにかくハンナを寄越しな! 大丈夫さ、今度は殺したりしねぇから。ただ、ノレッジサファイアを量産させようと思ってなぁ」
「……‼︎」
「聞いたぜ? お前、そんな宝石を生み出す能力があったんだな。その霊薬を使えば、魔力レベルを底上げできるらしいじゃないか。……俺は今も十分強いけど、もっと強くなりたいのさ。だから、魔獣界の宝を王自らお迎えに上がっただけなんだよ」
「……あの霊薬はそんなに量産できるものじゃねぇんだよ! それ1個生み出すのに、姫様の体にどれだけ負担が掛かると思ってるんだ⁉︎」
「知ったことか! 強い奴が弱い奴を利用するのは、当たり前だろうが。それが俺達、魔獣族の流儀だろう⁉︎」
話に聞いていた以上に、ダイアントスは暴君だったみたいだ。その暴君はきっとハンナを連れ去った後に、たくさん酷いことをするに違いない。とにかく、ハンナを守らなきゃ……‼︎
「……あなたの元に行けば、間違いなく、ハンナは悲しい思いをすることになる。それが分かっているのに、ハンナを行かせるわけにはいかない……!」
人間界での魔力解放は初めてだけど、相手の人数が圧倒的に多過ぎる。この姿のままだと、間違いなく押し負けてしまうだろう。そんな事を十分に考える間もなく、僕は自分の意思で本性に戻って彼らを守ることを選び……そうして戦いの咆哮と共に翼を広げて、猫さん達を守る態勢に入る。
僕は攻撃は苦手でも、防御はまだ得意だ。何が何でも……彼らは守ってみせる! だから……気付いてもらえるまで、僕はしっかり持ち堪えないと。今はそれだけ……それだけに集中しよう。




