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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第5章】何気ない日常の中に
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5−19 サムシングブルー・ポーター

 代わり映えしない通りを、ぼんやり見つめていると。警戒心すら失ったらしい精霊落ちが、何人も通り過ぎていく。最近、ここカーヴェラで物騒な騒ぎが起こっているのを……まさか、彼らは知らないんだろうか。


(普段出歩かない僕には、関係ないか……)


 そう思いながら、いつも通り冷やかし達が戻し損ねた本を、所定の本棚に戻しながらハタキで埃を払う。

 この店に逃げ込んでから、約300年ほど。元々の店主が人間だったこともあり、そのまま何の気なしに引き継いでしまったが……ほとんど客も来ないような、寂れた本屋の売り上げが良いはずもなく。ただ生きていくだけなら、食料もあまりいらないが。このまま僕はどこに行くのだろう。

 そんなことを考えていると、にわかにドアのベルが来客を告げる。その合図に、どうせまた冷やかしだろうと、何かを諦めたように入り口の方を見やる。


「いらっしゃいま……⁉︎」


 しかし、いつも通り挨拶をしようとしたのも束の間。客が明らかに「普通」じゃないことに、すぐさま気付く。

 お客様は2人組。見た目は若い女の子と、長身のお兄さん……だけど、彼らには何か底知れないものがある。女の子は細身の体に沿う綺麗なワンピースを着ており、瞳のブルーが鮮烈な印象だが、一方で、表情は気難しそうな仏頂面。しかし、漏れ出る魔力のレベルは場違いなほどに上質なもので……多分、彼女の方は光属性を持っているのだろう。そして、お兄さんは女の子以上……かなり抑えてはいるのだろうが、明らかに異常な魔力量だ。しかも、この感じは……。


(まさか、闇属性……?)


 この間やってきた可愛らしい上客も、2人は闇属性持ちだったみたいだけど。ここまで禍々しいものはなかったように思う。彼らは何の目的で、こんな寂れた本屋にやってきたんだろう……?


「あ、すみません。あなたがここの店主? 悪いんだけど、探しているものがあるんだ。ちょっといいかな?」


 僕が身構えているなんて、思いもしないのだろう。拍子抜けするほど気さくに、お兄さんの方が声をかけてくる。


「えっ……あ、はい! いらっしゃいませ。何をお探しですか?」


 咄嗟に反応してしまったが、物騒なものをリクエストされたらどうしよう? そしてそれがもし、店にない物だったら……僕はどうなるのだろう? だけど、怯えている僕の心配をよそに、彼は予想斜め上の品物を要求してきた。


「うん。野鳥図鑑を探しているんだけど、ないかな? できれば……鳥の色や特徴なんかも、載っているものが良いんだけど」

「図鑑……鳥の、ですか?」

「そ、鳥の図鑑。最近、嫁さんがバードウォッチングに凝っててね。やってきた鳥がどんな種類なのか分かれば、もっと楽しいんじゃないかと思って。金額に糸目は付けないから、見繕ってくれないかな」

「分かりました……ちょっと、待っていてくださいね」


 探している品物と理由があまりに平和だったので、少し安心したものの。……しかし嫁さん、だって? もしかして、彼らは夫婦なのだろうか?


「ハーヴェン、鳥ちゃんの図鑑……あったら、買ってくれるのか?」

「もちろん。もしかしたら、あの青い鳥ちゃんの名前も分かるかもしれないだろ? それに、最近はいろんな種類が来るってお前、喜んでたし。図鑑があれば、もっと毎朝が楽しいんじゃないかな」

「……うん! そ、そうだな!」


 図鑑を見繕っている横で、これまた平和な会話が聞こえてくる。そんな彼らの様子をチラリと伺うと、女の子は冷たい仏頂面からは信じられない程に、可愛い顔で笑っていた。そして……それがとにかく嬉しいらしい。お兄さんも幸せそうな様子だ。


(薬指にお揃いの指輪……。やっぱり、彼らは夫婦みたいだな)


 おそらく、指輪自体も相当の魔力を持った道具なのだろう。綺麗な真紅のそれは、明らかに桁外れの威圧感を醸し出している。それにしても……ハーヴェン? どこかで聞いたことがある名前だ。はて……?


「お待たせしました。うちにある中で、挿絵付きの野鳥図鑑はこの4冊です。当然なから、分厚いものの方が詳細かつ高価です。どうぞ、中を確認してみてください」

「ありがとう。ほれ、ルシエル。どれがいいか選んで」

「う、うん……!」


 はしゃいでいる彼女を見守るお兄さんを見る限り……魔力の質とは裏腹に、悪い人ではないようだ。あぁ、そうか。この人は、もしかして……。


「あの、間違っていたら、失礼なのですが……。あなたがお頭様……でしょうか?」

「あぁ、やっぱり気づかれたか……。結構、魔力は抑えていたつもりだったんだけど。……ま、いいや。何時ぞやの時は、子供達がお世話になりました。詳細な地図を譲ってもらえたおかげで、色々と助かっているよ」

「……いえ、こちらこそお買い上げありがとうございました。では……まさか、そちらがあの子達の……」

「あぁ、うん。俺の嫁さんにして、マスターのルシエルだ。今は鳥ちゃん図鑑に夢中みたいだから、そんな感じしないかもだけど。これで上級天使だったりするから、人は見かけによらないよな……」

「一言多いぞ、ハーヴェン」

「へいへい」


 図鑑を食い入るように見つめている最中でも、「お頭」に釘を刺すことを忘れない「姐さん」。しかし……姐さんが天使なのは分かったが、お頭の方は何なのだろう。明らかに普通の精霊でもないみたいだけど、一体……何者なのだろうか。


(詮索はよくないな。何れにしても、彼らはお客様なのだから……今はそれに集中しよう)

「ハーヴェン、その……」

「あ、だよな。やっぱり1番分厚いのが、良いよな」

「う、うん……あの青い鳥ちゃんが載っているのは、この図鑑だけみたいなんだ……」

「どれどれ?」


 遠慮がちに呟く姐さんの手元を見やるお頭。その指が示す先には……綺麗なコバルトブルーの鳥が描かれている。


「あぁ、それはサムシングブルー・ポーターですね」

「サムシングブルー……ポーター?」

「えぇ、かなり貴重な渡り鳥でしてね。何でも、瑠璃色の羽には幸せが詰まっているのだそうです。群ではなく番いで旅をする、珍しい鳥なんですよ」

「渡り鳥だったんだ。……そっか。旅の途中で、私達のところに寄ってくれたんだな……」


 図鑑に夢中だった彼女が僕の説明に、いかにも幸せそうな表情を見せる。


「それじゃ、その図鑑を買って帰るか」

「え、良いの? でも、これ多分、高いんじゃないかな……」

「でも、それが良いんだろ?」

「う、うん……」

「遠慮するなって。お前が喜んでくれるんなら、金貨1枚でも買ってやるよ」

「あ、いえ。それはそんなにしません。確かに、その中では1番高いものですが……お値段は銅貨41枚です」


 旦那様は随分と、太っ腹らしい。そう言えば、前回の地図もかなりの金額だったけど、お使いを頼まれたという男の子が銀貨を素気無く出してきたところを見るに……彼らは生活に困っているわけではないのだろう。


「そうか。それじゃ、それを譲ってくれますか? ……で、前回子供達が随分お世話になったみたいだから、ちょっと色を付けるよ。……これで、どうだろう?」


 そう言われて手渡されたのは……あろうことか、予告通りの金貨1枚。図鑑1冊の値段にしては、あまりに多すぎる。


「い、いえ……こんなに受け取れませんよ」

「いや、良いんだ。正直なところを言うと、口止め料も乗っかっていると思ってもらえれば。子供達も含めて……俺達のことは内緒にしてくれると、助かる」

「……!」


 飄々としている雰囲気とは裏腹に、きちんと押さえるべきところは押さえてくる。悪い人ではないみたいだけど、その抜け目なさに……思わず、背筋が寒くなった。この場合は、あまり無理に抵抗しないほうがいいかもしれない。


「……分かりました。まぁ、僕も喋る相手もいませんから、安心してくださって構いませんよ。何気なく引き継いでしまった本屋で細々と生活している、しがない身ですし。また探し物があれば、お気軽にどうぞ」

「うん、そうだな。そうさせてもらうよ。……それでさ。最後に1つ、質問しても良いかな?」

「何でしょうか?」

「精霊落ちっていうのも、失礼な気がするんだけど……そういう状態になっても、全員が相手の魔力を感知できるものなのか?」

「それは何とも言えませんが……少なくとも、全員ではないでしょうね。そもそも魔力感知自体珍しい能力でしょうし、僕みたいに相手の属性や状態まで把握できるのは、稀だと思いますよ」

「そうか。いや、あんたは大丈夫なんだろうけど……。子供達だけでお使いをさせた時に、素性がバレるようなことが多いとマズイかなと思っててね。そういう奴がゴロゴロいるんだったら、お出かけも見直さなきゃなんて、考えていたもんだから。安心したよ。ありがとう」

「い、いえ……」


 これ以上は踏み込んではいけない。それは分かっているのに……どうしても、相手の種族が気になる。彼は明らかに、普通の精霊ではない。今のこの世界でこれだけの魔力を保持しているとなると、竜族……? いや、違うな。それこそ、竜族はこのお兄さんが言うところの「子供達」の方だろう。だとしたら……?


「あぁ、もしかして。その様子だと……俺が何者なのか気になる、ってところかな?」

「え、あ……すみません。僕自身もこういう商売柄ですから、好奇心だけは旺盛なもので……。もし差し支えなければ、教えてもらえると……嬉しいです」

「そう。そんじゃ、ルシエル。お兄さんにお前の手帳、見せてやってくれる? それを見てもらえば、一発だろうから」

「悪いけど、精霊帳は部外者に見せてやれるものじゃないんだ……。すまないが、それはちょっと……」

「そうか。じゃぁ、仕方ないか。だったら、お兄さん。『勇者と悪魔』の絵本はある?」

「え? あ……あぁ、ありますが……」


 お嫁さんに断られたのに気分も害さず、彼が不思議なことを言い出したので……絵本コーナーから定番の1冊を持ち帰る。しかし、この絵本が彼の素性と何の関係があるのだろう?


「うん、これこれ」

「……私はこの絵本、嫌いだな。だって、嘘だらけじゃないか」

「そう言うなって」

「だってこの本、お前が悪者になってるんだぞ? ここまで嘘がまかり通っていると、本当に頭にくる! 世界中のこの絵本を、燃やし尽くしてやりたい気分だ‼︎」


 彼女は本気で怒っているらしい。状況が許せば言葉通り、世界中のこの絵本を焼き尽くさんばかりの勢いだ。それにしても、お頭が悪者になっている? ということは、まさか……。


「俺はさ。今はルシエルと契約している身だけど、本性はこの絵本の悪者側……エルダーウコバクっていう悪魔なんだ。まぁ……人間界で悪さは何1つ、してないけどな」

「だから言ってるだろう? 私はこの嘘だらけの絵本が嫌いだって。子供好きのお前が……こんなに酷いこと、するわけないじゃないか……」

「仕方ないだろ? 勇者様には倒すべき敵役が必要なんだよ。別に俺は構わないよ? 中身が嘘だったとしても、この絵本で勇気付けられる子供達もいるんだから。それはそれで、悪いことじゃないさ」

「本当にお前はお人好しだよな……。そこまでいくと、私はちょっと悲しいぞ」


 納得しかねる、とむくれている天使様と……「ありがとな」と彼女の頭を撫でている、本性は悪魔だという旦那様。睦まじい様子は種族の違いこそあれ、互いを思いやる夫婦そのもののように思えた。


「ま、そういうことだ。今日は長居して悪かったな。子供達も含めてまた邪魔することもあると思うから、その時はよろしく頼むよ」

「もちろんです。お話に来て頂くだけでも、歓迎しますよ」


 上得意様を見送った後の、寂れた本屋。久しぶりに魔力の塊に触れたものだから少し疲れたが、それでも程よい倦怠感の中に、明らかに満ち足りたものを僕は感じていた。

 ……嘘だらけの絵本、か。

 絵本だけじゃなくて、この世界は得てして、嘘だらけだ。それでも、嘘の中に本当のことに少しでも気づけたなら、それは言い得ぬ知識欲をすっぽりと満たしてくれる。

 今日はほんのちょっと、「本当のこと」に触れることができた。その重みは、金貨1枚以上の価値があると僕は思う。次の彼らのご来店は、いつだろうな。

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