5−15 脱皮はまだまだ先
「きっと、お留守番以外にも相談事があってきたのだろう? 何かあったのかな?」
素敵なケーキをみんなで頂いた後、父さまが思い出したように僕達の相談事を尋ねる。そうだ、まずはエルの脱皮の事を相談しなきゃ。
「多分なんですけど、エルの脱皮が近いみたいなんです。それで、どうすれば良いのか聞きたくて……」
「おや、そうなのかい? エルノア、尻尾の鱗が剥けてきた部分はあるかな?」
「うぅん、まだそこまではないんだけど……何だか最近、とっても眠たいの。ルシエルが魔除けを用意してくれたりしたんだけど、今日ちょっと寝坊しちゃって……」
「そうか……どれ。それじゃ、尻尾を見せてごらん」
そう言いながら、父さまがエルの尻尾を持ち上げて鱗の様子を確認している。……エルの調子はどんな感じなのだろう?
「なるほど……あまり、良い状態とは言えないみたいだな……」
「え⁉︎」
「どういうことですの、あなた?」
「エルノアは魔力をきちんとコントロールできていないんじゃないかな」
「魔力をこんとろーる?」
「あぁ。竜族であれば、いつかはぶつかる壁ではあるのだが……。我々は角で浄化した瘴気を魔力として鱗に溜めることができるだろう? でも、エルノアの場合はおそらく……角で浄化はできていても、鱗に魔力をきちんと溜められず、消化不良を起こしているのだと思うよ。……そうか。思っていた以上に、人間界での魔力コントロールは難しいんだな……」
「あ、あの。もしかして、それって……エルが闇属性を持っていないのと、関係していますか?」
「闇属性は瘴気への抵抗力にもなるから、多少はそれもあるだろう。でも……竜族はそれ以前に魔力を鱗にも溜めることができる特性上、どうしても異世界での魔力バランスを崩しやすいんだ。体に魔力を直接溜めるというのは、魔力の影響を受け続けることでもあるからね。不慣れな場所で魔力を吸収しようとすればある程度、無理が生じるし、その無理している部分を調整することができないと……体調を崩してしまうんだよ。エルノアは人間界で魔力の補充をした時にバランスを保てなくなっているんだろう。この場合はある程度、竜界でコントロールの基礎を身につけ直した方がいいかもしれないな」
と、いうことは……。
「エルノアは魔力コントロールができるまで、一旦こちらに帰ってきなさい。このままだと、いたずらにルシエル様やハーヴェン殿にご心配をおかけすることになってしまう」
「えぇ〜! そんなの、つまらない! 私だけ置いてけぼりなんて、ヤダ……」
「仕方ないだろう? エルノアは竜族なんだ。こちらで過ごしているべきものを、ルシエル様がお願いを聞いてくださって、人間界で暮らしているだけなのだから。イレギュラーに対して、寛大なご配慮を下さっているルシエル様達に、迷惑をかけるようなことがあってはいけない。コントロールができるようになったら、向こうにお伺いすればいいのだし、そうしたいのであれば、竜族としての生き方をきちんと身につけなさい。……それができなければ、脱皮はまだまだ先だろう」
「そんなぁ……でも、それじゃ寂しいよぅ……」
「あらあら。エルノアはいつから、そんなに寂しがり屋さんになったのかしら?」
「でも、母さま……あっちのお家だと毎日美味しいご飯とデザート、お小遣いで買い物できたりするのよ? 今度、お庭にお花を植えようってみんなで話し合ったばかりだし……。私だけこっちじゃ、そういうこともできないじゃない……」
そう言って……うっすら涙を浮かべ始めるエル。あぁ、そうか。エルは温室にお花を植えるのを、そんなに楽しみにしていたんだ……。
「エルがいない間はお花を買いに行ったりしないから、大丈夫だよ。僕もたくさんお手伝いをして、お小遣いを貯めておくから。帰ってきたら、一緒に買いに行こう?」
「う、うん……」
それでもやっぱり、何か納得できない部分があるらしい。エルの表情はしょんぼりしたままだ。そして……そんな彼女を見るに見かねたのだろう。ちょっと困った顔をしながら、今度はコンタローが予想外のことを言い出した。
「でしたら、おいらも一緒にこちらに残るでヤンす」
「……え?」
「お嬢様がちゃんと戻ってこれるまで、おいらもこっちで一緒にいるでヤンす。眠るときはいつも通りモフモフしていいでヤンすから、それだとちょっとは寂しくないでヤンしょ?」
「いいの、コンタロー?」
「あい。おいらはできることはそんなに多くないですけど、そのくらいだったらいくらでもできるでヤンす。お嬢様が立派な竜族になれれば、きっと姐さんやお頭も喜ぶでヤンす」
パタパタとエルの元に飛んでいくと、膝の上にちょこんと収まるコンタロー。そんな風に膝の上に暖かな感触を乗せられてようやく、エルも決心したらしい。
「……うん、私、頑張る。そうだよね。ちゃんと大人の竜族になって、ルシエルに今までのお礼しないといけないよね」
「あい!」
「コンタロー君、いいのかい?」
「あい、向こうでも毎晩一緒に寝ているでヤンす。お嬢様がいないのは、おいらも寂しいですよ? ただ……しばらくこちらにご厄介になるでヤンすから、旦那さまはそれでよろしいでヤンしょか?」
「もちろん構わないよ。それにしても、エルノアはとても素敵な仲間に出会えたみたいだね。……本当にありがとう」
「コンタローちゃん、こっちにいてくれるの? でしたら、張り切って美味しいお茶とお菓子を用意しなくっちゃ〜」
コンタローの頭を優しく撫でる父さまと、ウキウキした様子で嬉しそうにしている母さま。当のエルはまだちょこっと寂しそうな顔をしているけれど、コンタローが一緒にいてくれるのに安心したみたいで……はにかんだような笑顔を取り戻している。
「それにしても……さっき、お小遣いで買い物って、言ったかい? まさか、向こうでお小遣いまでいただいているのかな?」
「うん。ハーヴェンがお手伝いをしたり、いい子でお留守番するとくれるの。それでね、カーヴェラっていう大きな街で買い物したり、ケーキを食べたりするの!」
エルがワクワクしてそんな事を答えるけど、それを聞いてみるみるうちに、なんだかものすごく難しい顔になっちゃった父さま。父さまとしてはきっと、娘を預けている先でお小遣いまで貰っていることに抵抗があるんだろう。
「ハーヴェンさんがお金は働いた対価として受け取るものだ、って教えてくれたんです。それで、もらったお小遣いはある程度、好きなように使っていいって言ってくれて。多分、社会勉強のためにくれているんだと思います」
「そうか……。人間界で暮らす上で必要なことだから、教えてくださったのだろうけど……。それにしても、思った以上のご配慮をいただいているみたいだし、今度はこちら側からもお礼しないといけないみたいだね」
「そうですわね。今度、ハーヴェン様がいらした時のためにも、ちゃんとお礼の品を考えておかないといけませんわ。そういうことでしたら、任せてくださいまし。私がバッチリきっちり、素敵なお品物を考えますわ。うふふ〜、何にしましょうか〜」
「あ、あぁ……そ、そうだね。……折角だし、品選びはテュカチアに任せようかな……」
「もちろん、よろしくてよ?」
結局、最後まで真面目な父さまと、お礼の品選びにやっぱりウキウキしている母さま。父さまは母さまが乗り気なのに、ちょこっと驚いているみたいだけど。その辺りはいつも通りみたいで、安心してしまう。




