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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第4章】新生活と買い物と
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4−37 暴食の悪魔は基本的に犬科の動物

「さて、と。お前達も待たせてすまなかったな。……さっきの様子で察しはつくと思うけど、彼女がルシエル。俺達のマスターであり、この家の主人でもある上級天使様だ。そんでもって、俺の嫁さんでもあるんだけど」


 そう言いながら、猫達に対して私を紹介するハーヴェン。その彼からお茶を受け取りながら、お待ちかねの猫達に向き直る。


「……自己紹介が遅くなって、すまない。私はルシエル、ローヴェルズの監視を担当しているのだが……君達はどうして、こんなところにいるんだい?」


 相当の訳ありらしい。2人とも出されたお茶を啜りはするものの……戸惑った表情を見せながら、言葉を口にする事はない。……かなり警戒されているみたいだ。


「あ〜……一応、説明するとな。こいつらはケット・シー。で、もって……銀色の方は希少種らしいんだけど。魔獣界から命からがら、逃げてきたんだと」

「魔獣界から?」


 一通り事情を聞いているらしいハーヴェンが、彼らの身の上を教えてくれる。黒い方はダウジャ、そして銀色の方はハンナ。彼らの住んでいた魔獣界のトップが代替わりしたこと、そのトップが彼らに理不尽な貢物を要求したこと。それを拒んだ結果、彼らはたった2人になってしまったこと。そして……魔獣王の理不尽には少なからず、天使側の都合が噛んでいること。


「……あの時、ギガントグリフォンなんていたか? 確か、ギガントグリフォンは魔力レベル8の上級精霊だったと思うが」

「あぁ、確かにいたよ。最後に残っていたのを、翼をぶった斬って腹を打ち据えてやった記憶がある。まぁ、相手にならなかったから、お前が覚えていないのも無理ないけどな」


 何気なくハーヴェンが応じた言葉に、ケット・シー達が俄にどよめく。ケット・シーは魔獣族の最下級精霊だ。その彼らにしたら、ギガントグリフォンが相手にすらならない、という事実は信じがたいものだろう。


「……ですが、私達はそのギガントグリフォン……ダイアントスに迫害されて仲間を失ってしまいました。この先は精霊として生きていくのも難しいと思います……。戻る場所もないまま、生きていく場所もないまま……」


 精霊として生きていくのは難しい、か。おそらく契約さえすれば、彼らにも精霊として生き延びる選択肢を与える事はできるかもしれない。しかし、彼らは本来の能力を発揮できない状態……つまり現状で魔力を保持する術を持っていないため、彼らの面倒を見る場合は、私が常に魔力を供給し続けるしかなくなってしまう。神界にずっといるのであれば、多少の無理を承知の上で、契約を採択してもいいのかもしれないが。私の場合は仕事の性質上、それも難しい。

 例え低級精霊だったとしても、強制契約でない場合は穴埋めに「出張費」も上乗せされた魔力を支払い続けなければならない。契約の幅にもよるが、全幅の契約でもない限り、その負担は丸ごと天使側にのしかかる。

 私の場合はエルノアとコンタローが五分の対等契約だが、エルノアは魔力保持に長けている竜族ということもあり、人間界に出ずっぱりでも私が負担に感じたことはあまりない。また、コンタローは瘴気に耐性を持つ闇属性ということもあるのだろう、人間界で魔力が流失している様子は見受けられなかった。そして、ハーヴェンとギノは全幅契約を預けてくれているため……天使側で魔力を負担することは一切ないし、それ以前に彼らは彼らで魔力のコントロールと保持を完璧にこなしている様子なので、私が心配したことすらない。

 一方で……目の前にいるケット・シー2体はどう見ても、それらの手段を持たない状態だ。この状態の彼らを抱え込むのは、遅かれ早かれ共倒れになる事を意味する。魔力を保持できないはぐれ精霊との契約はそれほどまでにリスクが大きく、馬鹿げたことなのだ。それに比べ、彼らを見捨てることの方が遥かに簡単だし、ある意味理にかなっている。

 大凡レベル3以下の「理性」の姿を持たない精霊は魔力を消失した瞬間、元の姿で生きていくしかなくなってしまうものの。ケット・シーの場合は、何の変哲もない「猫」として再出発することも可能だろう。

 しかし、そんなことはハーヴェンも彼らも十分に……痛い程、分かっているはずだ。


「……ケット・シーは長靴があって初めて、精霊として十二分に能力を発揮できる。おそらく、今の君達の状態で契約したところで、魔力の定着は難しいだろう。君達の長靴は今、どこに?」

「ダイアントスの魔力の糧として吸収されたよ。俺達の長靴は精霊化した時……二足歩行をしはじめた時に、自然に履かされているものなんだ。長靴を再生する事はできないし、他の奴の長靴を履いたところで……魔力の波長が合わないから効果もない。……分かってる。長靴がない俺達はあんたと契約しても、お役に立てないどころか、お荷物になるって事くらい……」


 ……やっぱり、お荷物は承知の上、か。

 それでもなお、私に相談を持ちかけるということは……彼らは精霊でいる事を諦めたくないのだ。彼らは多くの犠牲を出した結果に、ただの猫に戻るという気楽な延命を望んでいない。だから、切ないほどに理解しているはずの現実をギリギリのところで否定し、それこそ「藁にもすがる」思いで私に相談を持ちかけている。であれば、何とかしてやりたいのだが……。

 この場合、長靴をどうにかしてやれれば良いのか? 何とかして、彼らの長靴を再生してやる方法はないかな……。確か、ケット・シーの長靴は魔法道具だ。魔法道具を作るには……?


「……なぁ、ハーヴェン。ベルゼブブって……魔獣用の魔法道具を作れたりするか?」

「あ、なるほど。ベルゼブブだったら、器用にやってくれるかもな。あいつは基本的に、悪魔用の魔法道具しか作らないけど。確か、以前に竜族の首輪を作っていたこともあったし……イケるかもな」

「竜族⁉︎ 最上位の精霊……に、あろうことか首輪⁉︎」


 不意に話題に上った精霊の名にハンナが驚く。というか、ベルゼブブがそんなものまで作っていたなんて、私も少々驚いていた。


「あ、あぁ……お前達にしてみれば、突拍子も無い話だよなぁ。まぁ、そんな竜族が随分前に大怪我をして魔界に迷い込んできたことがあったそうで。気まぐれと興味本位で、ベルゼブブが助けてやったらしくてな。で、ベルゼブブの配下……暴食の悪魔は基本的に犬科の動物の姿になるんだけど。そのせいなのか、基本的に単純な奴が多くてさ。……なんだかんだで、その竜族も暴食の悪魔に馴染んでたみたいだな」


 暴食の悪魔は犬科の動物になるって、初めて聞いたんだが。……まぁ、今は気にするべきところではないか。


「……その竜族、その後どうなったんだ?」

「ベルゼブブが首輪を作ってやったのは、魔界の魔力にうまく適応して傷を癒すためだったんだけど。竜族の方も魔界で確認したい事があったとかで、結局はそれを餌に散々こき使った後に……帰らせたみたいだな」


 最上位の精霊を餌で釣って、こき使うなんて……相手があのベルゼブブだったとしても、そんなにあっさりと済む話でもないだろうに。……本当に悪魔の感覚というのは、どこまで型破りなんだ?


「あの……。それでは、そのベルゼブブ様にお願いすれば、私達の長靴も作ってもらえるんでしょうか?」


 そこまで聞いて、ハンナがおずおずと尋ねる。彼らの長靴は自然に装備されているオーダーメイド、とのことだが。……あの大悪魔のことだから、いろんな意味でスゴイものができそうな気がして、怖い。


「う〜ん。構築の概念が把握できれば多分、作れるだろうな……仕上がりのセンスは保証できないけど。ベルゼブブは魔法道具を作ること自体が好きだったりするし、食欲に訴えればやってくれるかもな」


 食欲に訴えれば、か。対価が食べ物の時点で、いくら大物悪魔と言えど、暴食の根幹はブレないということなのだろう。


「よっし。そういうことなら、今度ルシファーに会いに行くついでに、お前らのことも相談してみるか。……ルシエル、ベルゼブブに渡りは付けてあるから明後日あたり、そっちのお偉いさん達の都合はどうだろう?」


 明後日? その日は確か……。


「明後日はダメだ! 絶対、ダメ‼︎」

「お?」

「だって、デートの日だもん!」


 思わず大きな声で拒否してしまったものだから、ハーヴェンも猫達も目を丸くして驚いている。本当は2人きりになったら話そうと思っていたのに。どうしてこうも……最近は2人で話す時間がないのだろう。


「えっと……だから! ラミュエル様から、先日の給金と一緒にハーヴェンに返事をいただいて。明後日なら休んでいいから、一緒に出かけて来いと言ってくださって……だな。それで、その!」


 そこまで言った勢いで、預かってきた白銀貨2枚をハーヴェンに渡す。


「だから……明後日はダメだ。一緒に出かける……つもりでいたし……」

「そ、そういう事……それじゃ、魔界には別の日に行くとするか……。そうだ、だったらついでに……前の夜はお偉いさんも含めて、夕食に誘ったらどうだろう? その時に魔界に行く段取りも話せば、いいんじゃないか?」

「……う、うん……。夕食どきくらいは構わない……」

「でも、こいつらの長靴はちょっと急ぐ必要もあるだろうし……。そういうことなら明日、ベルゼブブのところに先んじて相談してくるよ。で、お偉いさんの魔界への訪問はそうだな……4日後とかどう? ついでに、予定を伝えてくるから。それでいい?」

「……それでお願いします……」

「しかし……流石に今回は手ぶらだと、ちょっとなぁ。……仕方ない。明日のチョコチップクッキーはベルゼブブの土産にするか……」


 そんな事を独り言のように呟くハーヴェンに、ハンナがいよいよ申し訳なさそうに請け負う。


「一宿一飯を頂けるだけでも、ありがたい事ですのに……面倒ごとまで、お願いして良いのでしょうか……」

「ん? 別に構わないよ? ほれ、さっきも言ったろ? 原因を作ったのは少なからず、俺達の可能性が高いんだから。そのくらいしてやっても、バチは当たらないだろう? 明日は一緒に魔界に行くことになるから、ゆっくり休むといい。空いている部屋は使っていいからさ」


 その優しすぎる言葉に……最後は緊張の糸がプツンと切れたのか、人目も憚らずに泣き出すハンナ。そんな彼女の背中を優しくさすりながら、ダウジャが私達に一礼すると、今夜はサンルームで休むつもりだと一言ポツリと呟く。彼らにとっては、ソファで丸くなるのが1番落ち着くのだそうだ。


「そう。今晩の月は綺麗だから、サンルームからもよく見えると思うよ。とにかく、明日はハーヴェンと一緒にベルゼブブに会ってくるといい」

「あぁ、そうするよ。……何から何まで、すまない。……本当にありがとう」


 ハンナの背を最後まで優しく摩りながら、ダウジャも一緒にリビングから引き上げていく。ここにきて、同居人が更に増えるとは思いもしなかったが。この屋敷はとっても広いのだし、空いているスペースはどんどん活用しなければ、勿体ないよな。

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