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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第4章】新生活と買い物と
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4−28 アフォガード

 各員の食事が一通り済んだところで、ハーヴェンが思い出したように席を立つ。この様子は、「お待ちかね」の準備のためだろう。


「さて、と。そろそろ……デザートの時間かな? ルシエル、悪い。みんなのお皿、下げてくれる? 俺はデザートの準備してくるから」

「あぁ、分かった」


 そう答えて、テーブルのそばに置いてあるカートに全員のお皿を乗せて回る。ふふ。やっぱり、ここから先はデザートタイムなんだな。


「ごちそうさまでした〜。それで、デザートはなんだろう?」

「確か……アフォガード、だったっけ?」


 何気なく呟いた私の答えを聞いて……またも、妙な勘違いをしているエルノア。


「あほガード?」

「エル、違うよ。アフォガードだよ……」

「えぇ〜! 違うの〜?」

「うん……あほガードだと、なんだか、残念な感じに聞こえるよ……」


 子供達は子供達でそんなやりとりをしているので、彼らもどんなデザートなのか知らされていないらしい。当然ながら、私も聞き覚えがないデザートなので、初お披露目なのだろう。


「ハーヴェン、食器はこの辺でいい?」

「おぅ、ありがとな。それじゃ……これをみんなに持って行ってくれる?」

「これは……アイスクリーム?」

「まぁ、これだけだとそうだよな。でも、これにあるものをかけると……アフォガードに変身するんだよ」

「⁇」

「だから、アイスクリームのまま食べるのは……ちょっと待ってて、って伝えてくれる?」

「あ、あぁ……?」


 そう言われて、手渡されたお盆のアイスクリームと一緒に、彼の説明も伝える。妙に深めの鉢に入れられた3玉のアイスクリームは微妙に黄色のグラデーションが違うみたいだが、どれもバニラ味のようだった。


「は〜い。お待たせ〜。それではお待ちかね、デザートの説明をしま〜す」


 満を辞して、両手に小さめのポットを持って登場するハーヴェン。一体……何が始まるのだろう?


「アフォガード、というのは……熱々のエスプレッソをかけた、アイスクリームのことです!」

「エスプレッソ?」

「濃いめに抽出したコーヒーのことだな。それをかけることによって……お子様仕様のアイスクリームが、ほろ苦い大人の味に変身します!」

「おぉ〜!」

「で、今日のベースには3種類、バニラアイスを用意していま〜す。まず、黄色いのが卵をたっぷり使ったアイスクリームです。これが1番甘くて、素朴な味わになっています。で、それよりちょっと色が薄くて、黒い粒が目立つのが王道のバニラアイスです。最後に、ほんのり緑がかっているのが……ピスタチオを練りこんだアイスクリームです。こいつだけナッツ風味だから、1番複雑な味になると思いま〜す。まずはそれぞれの味わいを確かめて、エスプレッソをお好みでかけて召し上がれ〜」


 テーブルに置かれたポットからは、香ばしい極上の香りが漂ってくる。とりあえず、言われた通りに一匙ずつアイスクリームを頂くが。確かに……どれも、そのまま食べても美味しい。しかし、俄然大人の味の響きが気になって、仕方ない。そうして、おずおずと隣を確認すると。ハーヴェン自身は既にエスプレッソとやらをかけて、大人味を堪能しているらしい。


「大人の味……」


 気づけば全員、そんなことを呟きながら、ポットの茶色い液体を注いでいた。私も堪らずポットに手を伸ばし、エスプレッソを注いでみる。注がれた熱でアイスクリームが溶け出したので……慌てて、溶けた部分を掬って口に運ぶ。その瞬間、ほろ苦い中にしっかりと残るバニラの甘さ。しかも、ピスタチオが入っているというアイスクリームに至っては、華やかな香りまで加わって、絶妙な味わいに仕上がっている。


「あぅぅ〜、ハーヴェン、これが大人の味? 大人の味なの?」

「お? エルノアにはまだ、早かったか〜?」

「ウゥン、そんなことないよ? なんだかちょっと苦くて、ロマンチックな味がする〜」

「そうか。ロマンチックな味か〜」


 どの辺がロマンチックな味なのかは、私には分からなかったが……きっと、エルノアにはそんな風に感じられたのだろう。でも、濃いめの茶色とバニラ色が溶けてセピア色になっていく様子は、ノスタルジックな感じがする。なるほど、この辺りが……大人の味なのかもしれない。


「あぅぅ〜、本当に今日のお食事もデザートも最高でしたぁ〜。ごちそうさまですぅ」


 マディエルが頬を赤く染めて、満足げにお腹を抑えている。一方で……キュリエルもリッテルも満足したのだろう、とても嬉しそうな顔をしていた。


「さて、と。それじゃ、エルノア達はそろそろ……部屋に戻りなさい。ちゃんとお風呂に入って、歯を磨くんだぞ?」

「はい、今日の夕食は特に美味しかったです! ごちそうさまでした!」

「うん! 私、また大人の味、食べたい!」

「そうか、そうか。お前達も気に入ったか〜。それじゃぁ、また作ってやろうな」


 上機嫌のハーヴェンに頭を撫でられた後、3階に戻っていく子供達。既に眠そうなコンタローは、僕と一緒にお風呂に入ろうね、なんて……ギノに言われながら、抱っこされていた。


「お風呂……」

「ん?」


 ギノの言葉に触発されたのか、キュリエルがお風呂というワードに、耳聡く反応する。……どうしたのだろう?


「どうしました?」

「ルシエル様……ワガママかとは思うんですが、私もお風呂というものに入ってみたいんです。……ダメでしょうか?」

「え、え?」

「そう言えば〜。ルシエル様は入浴剤で、お風呂を楽しんでいるんですよね? あぅぅ、ズルイです〜。私も入浴剤、体験したいですぅ」


 どうしよう。今日こそ、Bプランでハーヴェンと一緒に入ろうと思っていたんだけど……。


「そういう事なら、みんなで入ってくれば? 2階の風呂は空いているんだし、この屋敷にはタオルもたくさんあったし。ついでに……入浴剤のコレクションも自慢してこいよ」

「……う。ハーヴェンは、それで……?」

「あ、俺のことは気にしなくていいよ? 後片付けしておくから。さ、折角だから……その辺も教えてやりなよ」

「う……うん……」

「イヤッフゥ〜! お風呂〜」

「憧れの入浴剤! 楽しみです!」


 ハーヴェンもあっさりと彼女達の入浴を快諾するものだから、大喜びし始めるマディエルとキュリエル。一方で……嬉しそうな彼女達を尻目に、私は釈然としない気分だ。


「お? リッテルは行かないの?」

「え、えぇ……ちょっと、お食事にお腹がびっくりしてしまったというか、重たいというか……」

「あぁ、そうか。だとしたら……リッテルはちょっと食休みした方がいいかもな」

「はい、すみません……」


 食休みを取りたいというリッテルを残し、他2名を連れて、2階の突き当たりの浴室を案内する。あたりはすっかり暗くなっているが、家の中はなんとも言えない包容力と温もりに包まれており、仄暗さが却って落ち着く雰囲気を醸し出していた。


「ここが浴室です。とりあえず、洋服を全部脱いで……最初は手前のシャワーで体を清めます。それで……そうだなぁ。今日はラベンダーの香りがいいかな?」


 そう言いながら……まずはお手本を見せる意味でも、自分から服を脱ぐ。しかし……。


「ところで、ルシエル様」

「はい?」

「……もの凄く、大胆な下着をお召しなんですね。ちょっと、びっくりしました……」

「⁉︎」


 しまった。そう言えば……例の心許ないアレを身につけていたのを、すっかり忘れていた。


「あ、あわわ! これは……」


 彼女達のシンプルなペチパンツとはあまりにかけ離れた自分の下着に対する、うまい言い訳が思いつかない。……本当に、どうしてくれよう。


「もしかして……それ、ハーヴェン様の趣味? ですかぁ?」

「……いや、洗濯なんかも彼がしているものだから……。この間、手持ちの下着があまりに情けない様子だったのを、見るに見かねたみたいでして……気を利かせて買ってきてくれたのは、いいんですけど……。それが、こんな状態のもので……。でも、意外とつけ心地もいいようですから、愛用しています……」

「おぉ〜!」

「と、とにかく! ほら! 入りますよ!」

「うふふ。なんだかんだで、やっぱりラブラブですぅ〜」

「えぇ、そうみたいですね……。だとしたら、リッテルは今頃……」


 もうもうと湯気が上がる浴槽は、3人で入っても余裕を残しながら体を温めてくれる。今日もハーヴェンと一緒ではない事に、ちょっと不満だったが。ほのかに薄紫色に染まり、まろやかになった湯あたりと、清々しい花の香りが漂う空間は不満を少し和らげてくれる気がした。


「あぁ〜……。これが、お風呂に入浴剤……」

「転生する前もお風呂に入ったことはありましたけどぉ、これは極上ですねぇ〜。いや〜、気持ちいいですぅ」

「あ、マディエルはお風呂に入ったこと、あるんだ?」


 私と彼女とでは生きていた時代も場所も違うため、人間時代の生活様式が同じとは限らない。生前、彼女が生きていた環境は……風呂が一般的にあったということか?


「いや〜、私自身は結構、裕福な家に生まれたんですけど〜。だからお風呂もあったし、生前は美味しいものもいっぱい食べていたので……こんなに太っているんですが……。ある日、お腹に聖痕が出てしまいましてね〜。私の父が治めていた領地の干魃で、二進も三進も行かないとなった時に、生贄にされてしまいまして。気がついたら、天使になっていました〜」

「……その、ごめんなさい……。まさか、そんなことを思い出させてしまうなんて……」

「いいえ〜、いいんですよぉ。実際、ちゃんと雨が降って、みんな助かったんですから〜。私が転生したおかげで、みんなのお願いが叶ったんなら、それでいいんです〜」


 彼女の言葉に、雷に打たれたような衝撃が自分の中に走る。彼女は最初から生贄として育てられたのではなく、人々を救うために犠牲になったのだ。そして、彼女はそれを恨むどころか肯定し……結果を喜ぶ度量さえ見せている。初めは間延びした感じで、頼りないと思っていたのだが。マディエルはこれで、芯はしっかりしているのかもしれない。


「それにしても、広い浴槽ですねぇ。ルシエル様は、1人で入るんですか〜?」

「え、あ、あぁ……まぁ。2階の風呂は利用者が2人しかいませんから……」

「そうなんですか? ハーヴェン様と一緒に入ったりは?」

「え、え? あ、うん、彼とは順番に入りますよ……」


 妙に切り込んでくるキュリエルの言葉に戸惑う。本当はハーヴェンと一緒に入っているなんて、言えずに……言葉を濁すが。順番に体を清めて入っているのだから、嘘はついてない。妙に納得していないキュリエルをよそに……そろそろ、上がろうと提案する。本当は頭も洗いたかったが、別に汚れてもいないし、次に彼と入った時に洗えばいいだろう。

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