4−11 この息が苦しい理由
いつも以上にウキウキした様子のラミュエル様に、妙にホクホクした顔のマディエル。間違いない。この雰囲気は……。
「ね、ね! ルシエル、見て見て! ついに第6弾が発刊されたのよ? しかも今回は引っ越しパートの日常編と、ノクエル御用パートの大捕物の豪華2本立てなんだから! その名も『愛する旦那様のいる日常』‼︎ どう、どう? 素敵でしょう〜?」
だ、旦那様のいる日常……? なんだ? そのクラクラするタイトルは……。
「本当はお弁当の献立もお伺いしたかったんですけど、昨日の件を早く皆様にお伝えしたくて〜。情報量も十分でしたし、一気に書き上げてしまいましたぁ」
相変わらず、余計な才能を十二分に発揮しているらしいマディエル。その才能……他に使う場所、ないんだろうか。
「あ、あの……小説はさて置き、色々とご報告したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「そうよね。もちろん、お話はお伺いするわ」
「ありがとうございます。では、まず1点目ですが……先日ご相談いただいた件で、ハーヴェンから返事をもらいました。今日の夕食には間に合わないため、明日の夕食であれば3名追加で招待可能、とのことです」
「まぁ、そうなの? 良かったわね、マディエル? とにかく今回もグルメレポートよろしくね?」
「は〜い!」
……メインはグルメレポートではない気がする。
「……えと、それで。ハーヴェンから食材リストを預かってきました。こちらの食材をご用意いただくよう、お願いいたします」
「あら、そうなの? じゃぁ早速、確認させいていただこうかしら?」
そう言われ、なぜか少し大きめの封書になっていたリストを渡す。そうして待ちきれないとばかりに、手渡された封書の中身を確認するラミュエル様。
「本当、ルシエルがつくづく羨ましいわ〜」
「はい?」
「ふふふ、中身は材料リストの他に……お食事のメニューが同封されていたんだけど……」
「?」
「そのうちの1皿に、ルシエルのリゾットなんていうメニューがあるわ。……このルシエルのリゾット、ってどんなお料理かしら?」
「……⁉︎」
多分、あの黄色いリゾットのことだろうが……なんだ、そのメニュー名は⁉︎
「そしてデザートはアフォガード、ですって。どんなお菓子なのかしら……? その辺は、マディエルの報告を待ちましょうか」
「あぅぅ〜。今から、とても楽しみですぅ〜!」
「で、もう1枚。これはお手紙みたいね……どれどれ?」
「手紙……?」
「あぁ! 本当にもう……! なんて、素敵なんでしょう⁉︎ ほら、マディエル! こんなに羨ましいお願い、あって?」
私には手紙の内容が妙に伏せられたまま何やら、2人の間で話が進む。大天使を前に傅いている以上、変に立ち上がることもできないので勢い、妙に話の輪から外された格好になってしまったが。……内容が気になって仕方ない。
「あの、一体……何が?」
「とってもラブラブで羨ましいです〜。あぅぅ、手を繋ぎながら、お2人が……グフフフフ……」
「マディエル? マディエル⁉︎ 至急、何が書いてあったのか、教えてくれないか⁉︎」
虚空を見上げたまま、私の声が聞こえていない様子を見るに……どうやら、お花畑に行ってしまわれたらしい。マディエルの普段の様子からするに、しばらく戻って来なさそうだし……仕方ない。他にも話すべきこともあるので、彼女はこの際、放っておく事にした。
「……その他にお耳に入れておきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「えぇ、もちろんよ?」
「実は、ノクエルがハーヴェンに妙なことを申していたみたいでして」
「そうなの?」
「はい。どうやらノクエルには、彼女に指示を出している上位者がいるようなのです……」
昨晩、ハーヴェンから聞いたことを報告する。ノクエルは“偉大なる大天使”とやらに仕えているらしいこと、“世界を再構築する”などと言っていたこと。そして、彼女には“有利なフィールド”とやらが存在すること。
「確かに、検証する必要がある内容ね……。特に大天使となると、八翼の天使のことでしょうし……。今いる3人以外に彼女に指示を出している天使がいる、ということかしら……?」
現在の大天使は3人。しかし、彼女達は常に側近がいる状態であるし、神界からは殆ど出ない。以前にラミュエル様が人間界をウロついていたことがあったようだが、最近はそれもなさそうだし……。その事を考えると、大天使らしき者が他にいると、考えた方が自然かもしれない。それに、1つ……気になることもある。
「それと……ノクエルはセイレーンの種族を間違えるくらいに、精霊の知識が乏しかったようなのです。そのような部分が散見したため、ハーヴェンを騙しきれなかったみたいですが……おそらく、彼女がかなりの期間精霊帳を更新していないか、失っているかのどちらかが原因と思われます。ノクエルの精霊帳の最終アップデート日はいつでしょうか?」
「なるほど。精霊帳は、持ち主の照合データも一緒にアップデートされるものね。堕天していた場合は、それすらできなくなっているはずだから、アップデートが途切れた時期を調べれば、何か分かるかもしれないわ」
精霊帳は天使の身分証明書も兼ねるため、更新については本当に融通が利かない。天使の意思に関係なく、最新にまでアップデートされてしまうのだが……逆に言えば、更新をしなければ新しい情報を得る事ができないのだ。天使にとって、最新情報を把握しておくことは非常に重要な事である。それすらしなかったとなると……ノクエルには、更新できない深い事情があったのだろう。
「だとすると……私達の前任者も含めて調べた方が良さそうね。それでなくても、ノクエルは普段の仕事ぶりが今ひとつだったから、昇進が芳しくなかったけど……かなりの古株だったみたいだし。少なくとも、私よりも天使としては先輩だったはずだもの。うん、更新履歴はミシェルに確認するわ」
「ミシェル様に、ですか?」
おや? ここで意外な名前が出たな。
「えぇ。大天使の中では、彼女が最古参ですもの。それに、神界のデータを一括して管理しているのも、彼女だし……きっと快く調べてくれるはずよ」
そう言えば、そうだった。ミシェル様は大天使の中でも、最も古株だったっけ。態度はやや軽薄ではあるものの。彼女は彼女で、頭脳派の天使ではあるし……ここは任せてもいいだろうか。
「分かりました。……お手数おかけいたしますが、よろしくお願いいたします」
「いいえ。こちらこそ、いつも貴重な報告をありがとう。おかげで助かるわ〜。これからもよろしくね。あ、そうそう、ハーヴェンちゃんにも是非にお礼を言っておいてね。特にオーディエルが、大興奮していてね〜。ますます、ハーヴェンちゃんのファンになっちゃったみたいなの〜」
「あぅぅ〜、私も、感激しましたよぉ? 昨日のハーヴェン様の活躍は、痺れるものがありましたし〜」
お花畑を一周し、戻ってきたマディエルがちゃっかり会話に加わる。確かに、ハーヴェンの働きは神界にとって有用すぎるものだろう。だが、彼が活躍すればする程……私は息苦しいものを感じていた。
「……では、本日は下がらせていただきます。今の所、ローヴェルズには大きな動きはなさそうですが……私は早めに人間界に戻ることに致します」
息苦しさを紛らわせるように、暇を乞う。
「そうね、ご苦労様。何かあったら、すぐ言ってちょうだい。あ、でも……待って。早速、明日の材料を手配させるから。申し訳ないんだけど、ちょっと時間をくれるかしら?」
「……そう言えば、そうですね。では……外でお待ちしております」
そうして、ようやく部屋を退室したところで……急激に疲れが体を覆っていく。時間を潰しがてら、廊下のベンチに座ってぼんやり考えるが……この息が苦しい理由は分かっている。私はハーヴェンが皆の憧れになる事を心底、望んでいないのだ。ただ、自分だけの旦那様でいて欲しいだけだが、それがいかに難しい事なのか……今更ながらに、思い知った。
彼を独り占めにしたい。それは究極のワガママだと、よく分かっているはずなのに。何よりも切望している自分を、はっきりと認識している。……なんて醜く、愚かなのだろう。いつから、私はこんなにも……誰かと関わる事を望むようになったのだろうか。




