Ep-14 断罪ではなく救済を
「すまぬな、急に呼び出して」
「いいえ、構いませんよ。僕も無関係ではないでしょうし」
当たり障りのない挨拶をしてから、呼び出された3名の悪魔が学園長室のソファに腰を下ろす。普段は空っぽのはずの、学園長室。しかしながら、今日は珍しくその主が降臨している。日当たりのいいの窓際で、ゆったりと学園長の椅子に腰を下ろしてるのは……天使長・ルシフェル。マナの女神を除けば神界の最高権威者であり、実質的な天使達のトップである。そんな彼女の傍らには、彼女の補佐役を務めている元・調和の大天使であったラミュエルが控えていた。
「して、わか……じゃ、なかった。ハーヴェン。調査結果を、アケーディアにも伝えてやってくれるか」
「了解。今回の深魔はちょいと厄介な奴でな。1人分の体に、3人分の怨嗟が乗っていた。おそらく、魔禍の大元になった奴らに共通の相手がいて、恨みを晴らすべく結託した結果だろうが……問題は、そうして結託した3名様を誰がガッチャンコしたか、だろうな」
「なるほど……3名分の怨嗟が乗っていれば、魔禍としての寿命も必然的に伸びますね。彼らは瘴気が結びつくべき残留思念が果てれば、消えてしまうものですから。複数人を犠牲にすれば、長期の稼働も可能になる……と」
アケーディアがふぅむと顎に手をやりながら、「既存の概念」を元に考察をしているが。しかし、ハーヴェンの報告には余りよろしくない続きがあるらしい。副学園長の想定を覆す現実を、白状し始める。
「……それだけだったら、まだよかったんだけど。今回の奴は、俺が説得しても……消えてくれなかったんだ」
元々は特定の原理で生み出された魔禍限定で、ハーヴェンは「手を繋ぐ」ことで彼らの意思を引き受ける事ができたのだが。そうして、数多の魔禍を相手にしているうちに……彼は皮肉にも「祓魔師」としての能力に目覚め、特定の原理で生まれた「ハミュエルの遺児」以外の魔禍や深魔にも、ある程度は対処できるようになっていた。だが……今回出現した深魔には、そんな彼の「悪魔祓い」が通用しなかったそうだ。
「はっ? ハーヴェン……それは一体、どういうことですか? あなたは確か、魔禍の意識を引き受ける事ができたはずですよね? つまりは、彼らの残留思念を解消できるという事でしたでしょうに。それが、消えなかった……ですって?」
「あぁ、そうなんだよ。あの深魔は……意識がなくなっても、暴れるのを止めなかった。だから、仕方なく……最終手段をお願いすることになった」
ハーヴェンがさもやりきれないと話を切ったと同時に、クイとマモンを示す。そうされてマモンは肩を竦めながらも、赤鞘をポンポンと諫めては「そういう訳でこいつは今、満腹なんだ」と素っ気なく答えるが。彼の仕草からするに、鞘の中身のご機嫌はそれなりに麗しいようだ。
「……そういう事でしたか。マモンとハーヴェンが同一の深魔を相手にしている時点で、おかしいと思ったのですけど。今回は強硬手段に出ざるを得なかったのですね?」
「そういうこったな。……十六夜を頼るのはハーヴェンが言った通り、俺も最終手段だと思っていたんだが。最近はその最終手段が、通常手段になりつつある」
(おほ? 我は通常手段でも良きぞ? 若に構ってもらえる機会が増えて、むしろ好都合……)
「お前は黙ってろって言ったろ、ゲス野郎が。この話の流れで、好都合とか吐かすな」
大人しくしろと言い含めていたのに、結局は口を挟んだ十六夜丸を鋭く叱責するマモンだったが。……相変わらず、十六夜丸の変態的な趣味は変わっていないらしい。きちんと口は噤むものの、マモンの叱咤に怪しくクネクネと動いては、持ち主の眉間に皺を刻むのも忘れない。
「……悪い、話の腰を折っちまって。因みに十六夜が言うことにゃ、例の奴は随分と魂が雁字搦めに引っ付いていたみたいでさ。ハーヴェンがお手手を繋いでやっても、自我を手放しこそすれ……魂が離れることはなかった。いや、それだけじゃないか。ハーヴェンの話じゃ、手を繋いでやった後から攻撃が激化したってことだったし……あのタイプは下手に自我を引っぺがすと、却って危険みたいだな」
可能な限り、断罪ではなく救済を。ハーヴェンもマモンも、最初から相手を無理やり沈めようとは思っていない。両者とも初動は対話から、である。彼らに話が通じ、魂の消失を避けられるのであれば。できる限り、穏便に鎮められるに越したことはない。
尚、ハーヴェンが担当の場合は「手繋ぎ」にて沈静化が叶うことが多かったが、マモンが担当の場合は十六夜丸にて魂を切り離し、その上で自然消滅を待つ方法が取られる。ハーヴェンのやり方の方がソフトなのは、言うまでもないが……いずれの場合も、この段階では魂自体の損傷までには至らない。
「ここにきて、できるだけ穏便に……と、言ってられなくなってきたという訳か」
「そうだな。最近は俺の出番よりも、マモンの出番の方が増えている。ここのところ、魂持ちの深魔が増えているからな。俺は自我を引き受けることはできるけれど、魂を切り離すことはできないし……何より、魔禍自体を倒す手段を持っていない」
説得にも応じない、自我の引き受けもできない。そんな「暴れ深魔」に当たってしまった場合、マモンへと対処が引き継がれるが……その体制にも、限界がある。そもそも最初から発生数に対して、対応できる適任者が少なすぎるのだ。2名だけでは、明らかに手が足りない。
「……でしたら、もっと深いところまで探りを入れるしかなさそうですか? 要するに、誰でもある程度は対応できるようにすればいいのでしょう?」
「あ? 兄貴……何か、思い付いたのか?」
「まぁ、それなりに。とは言え、その方策の研究は学園長の許可と……天使長とその旦那様の協力が必須となりますが」
ハーヴェンとマモンの話を聞きながら、何やら対処法に心当たりがあるらしい。アケーディアが意味ありげな言葉と一緒に、チラリとルシフェルへ一瞥をくれてやると。ルシフェルは「旦那様」のフレーズに、やや訝しげにピクリと眉を動かすものの……とりあえず話は聞こうと、アケーディアに続きを促す。
「副学園長。何か、妙案があるようだな?」
「対深魔用の魔法道具を作るのです。しかし、それには……ダークラビリンスを流用する事になりそうですが」
「ダークラビリンスを、か? しかし、あの魔法はそんなに気軽に使えるものでは……」
「存じてますよ。いわゆる禁呪の1つですからね。魔力消費も非常に多い上に、構築概念も複雑ですから。そのままでは気軽に使うことはできません。そこで、ベルゼブブの力を借りたいのです。幸いにも、彼もダークラビリンスの概念は熟知しています。そして、彼は魔法道具の生成も非常に達者だとか。ですので、まずはダークラビリンスの“記憶を探る”構築概念を魔法道具に落とし込み、彼らの心の内を覗くのです。そして、彼らの遺恨の原因を取り除いてやればいい」
「そんなことが……できるのか?」
「そればかりは、やってみないと分かりませんが……可能性は大いにあるかと。ダークラビリンスで記憶を覗いた後、禍根の原因を消してやりましょう。しかし、ダークラビリンスには記憶を覗く事はできても、都合よく消去はできません。そこで……あなた達がお得意としている記憶消去の魔法・ディルトメモリをダークラビリンスに掛け合わせるのです。もちろん、ヨルム語とマナ語の魔法を1人で掛け合わせるのはできないので、この場合はどうしても複数名での連携魔法になります。そういう訳で……」
「……皆まで言うな。要するに、私とベルゼブブとで2つの魔法を掛け合わせる方策を見だせばいいのだな?」
「ご名答。その通りですよ」
絞り出すようなルシフェルの回答に、よくできましたと満面の笑みで応える、アケーディア。一方で……そんな副学園長の黒い笑みに、ハーヴェンとマモンは若干、及び腰である。
「いずれにしても、マモンとハーヴェンに負担をかけ過ぎているのは、こちらとて認識している。……特殊祓魔師とやらの増員が急務なのも、痛感している次第だ。なので……ラミュエル」
「はい、承知しております。……魔法道具の素材は神界側からお出ししましょう。光属性と闇属性の2属性に対応するとなれば、神鉄を利用するのが効果的かと思います。……そちらの手配を進める、でよろしいでしょうか?」
「あぁ、それで構わん。その神鉄に私とベルゼブブとで発動させた連携魔法を封入し、深魔を心の底から鎮めるための装置を作る……ふむ。確かに、やってみる価値はありそうだ」
結局は一人でに納得し、最後は満足そうに頷くルシフェル。
「……そうと決まれば、すぐにでも取り掛かるとしよう。神界側で試作品の性能テストまでを済ませるつもりではあるが……すまないが、マモンにハーヴェン。それが出来上がるまでは、もう少し耐えてくれるか」
「俺は別に構わないよ? 深魔対応はルシエルと一緒だし、お仕事自体は苦に感じたことはないし。まぁ……やりきれない気分になる事はあるけど」
「ハイハイ、俺もハーヴェンに同じ。リッテルと色んな場所に行けるのは、結構楽しいもんで。……十六夜による精神汚染以外は、特に問題ないな」
「そうか。……苦労ばかりで、済まぬな。嫁達にもきちんと旦那を労うよう伝えておく故、よしなに頼む」
それぞれに悩みはあるようだが、彼らも今更任務を手放すつもりもないらしい。ルシフェルの言葉に了承を示しては、嫁のためなら仕方ないと戯けて肩を竦める。そんな2人の様子に、安心しながら……概ね必要な話も済んだと、ルシフェルが席を立った。
「それでは、私達は神界に戻るとしよう。それと……アケーディア。良い案を提示してもらい、助かった。やはり、こちらにきてもらったのは正解だったな。それと、魔法学園を任せきりで悪いのだが……我らも出来うる限りのバックアップをする故、引き続きよろしく頼む」
「言われなくても、職務は全うしますから、安心なさい。それでなくても、僕はこの世界に許してもらい、受け入れてもらった側なのです。……今の世界があり続ける事は、僕にとっても最上の望みなのですから」
そうして、弟を真似て肩を竦めるアケーディア。ちょっぴり戯けて見せては、フフンと鼻を鳴らすものの。彼の言葉が「本意」なのだと嗅ぎ取って……憂鬱の真祖も随分と変わったものだと、ルシフェルの口元が穏やかに緩んだ。




