3−39 ボンボンショコラ
「窓際は子供達に譲ってやれよ。大人気ない……」
「でも……私も窓の外見たい……」
前にカーヴェラに行った時と同じ列車だけど、今日はカーヴェラの2つ先の駅で降りるらしい。そんな列車のボックス席で……僕の向かい側に座っているハーヴェンさんが、隣で窓に張り付いているお嫁さんを諭している。
「ギノ、ごめんな。なんか、気を遣わせて」
「いえ、僕は列車は二度目ですし、大丈夫です。景色はここからでも見えますから」
「そうか……。なんだか、お前の方がよっぽど大人だよな……」
そう言いつつ、やれやれと頭を掻くハーヴェンさん。そして、コンタローがそんなハーヴェンさんの膝の上にちょこんと座って、キョトキョトと周りを眺めている。コンタローは窓の景色よりも、列車の内装が気になるらしい。
「お頭、列車ってやつの壁紙は洒落てますね。ベルゼブブ様のところに比べると、随分と落ち着くでヤンす」
「おぅ……と言うより、ベルゼブブの屋敷の色合わせは、史上最悪だと思っていいから。多分、あれ以上に酷い色の空間はそうそうないと思うぞ」
「そうなんでヤンすか⁉︎」
「ベルゼブブさんの屋敷って、そんなに酷いんですか?」
「あぁ。できることなら、目にしないほうがいいだろうな。色彩感覚もそうだが、家具の趣味が最悪だ」
ハーヴェンさんがいつになく、真剣に答える。渋い顔を見る限り、ベルゼブブさんのお屋敷はかなり悪趣味なのだろう。
「ハーヴェン、ハーヴェン! 列車が止まるみたいだぞ!」
「そ、そうだな。……つか、ルシエルはちょっと落ち着けよ。そんなに列車が楽しいか?」
「え、あ……だって、上空から見たことはあっても、乗ったことはなかったし……。カーヴェラに行った時は、転移魔法で移動したし……」
ハーヴェンさんに鋭く言われて、みるみる萎んだように小さくなるルシエルさん。
「姐さん、普通の女の子みたいでヤンす。なんだか可愛いでヤンすね、お頭」
「ま、そうだな〜。確かに……こんなにはしゃぐルシエルはある意味、眼福かもな」
そう言って、今度は意地悪そうにニヤニヤする、ハーヴェンさんとコンタロー。
「バ、バカ!」
「あ、ルシエル、照れてる! 照れてる!」
そんな2人の勢いに乗って……エルが囃すようにルシエルさんを追い詰めると、みるみる内に更に勢いが萎むルシエルさん。
「エル……多分、ルシエルさんのは照れ隠しだと思うよ」
「そうなの?」
「うん。ルシエルさんも初めてのことばかりで、テンションが上がっているんじゃないかな。それで、いつもは緊張していて出せない気持ちも、出せているんだと思う。だから、あんまり囃したら可哀想だよ」
「そっか。ルシエルも今日は楽しみなんだね。私もそうなの〜」
「あっ、えっと……」
ルシエルさんが何か言いかけたけど……その言葉を途切れさせるようにカタン、と音をさせながら列車がまた走り出していた。ほとんど貸切状態の列車が走り出すと、ルシエルさんとエルは窓の外の景色に夢中だ。たまに2人で「あれはなんだろう」と言いながら、楽しそうにしている。一方で、コンタローは列車を観察するのに飽きたらしい。小さくあくびをすると、丸くなって寝息を立て始めていた。そうして、みんなの様子をどことなく、嬉しそうに見つめているハーヴェンさん。その優しい眼差しに……父さまの手紙にもあった「家族になる」ってこういうことなのかな、と僕はぼんやり考えていた。
コルテ郊外の駅で降りるために、ハーヴェンさんが車掌さんに全員分の運賃を渡している。そんなハーヴェンさんを他所に、他のメンバーは駅に降りるけれど。……あまりの人気のなさに驚いてしまう。
「郊外」が名前に付いている駅は「塀の外」の駅なので、誰もいない無人駅だ。なんでも、魔力が枯れる前の駅をそのまま利用しているだけのため、一応停まりはするものの……降りる人はまずいない。それでも、列車が止まるのはかつての構築回路の名残で仕方なく、らしい。
今の人間には、この列車が作られた時代の回路を書き換える技術はない。石炭でなんとか動いているけど、列車はかつての命令通りにしか走れない。ただ、それだけのことなのだけど。なんとなくご主人がいなくなっても尚、忠実に働き続けている事を考えると……なんだか切ない。
「はい、傾聴! ここからの移動は徒歩になります。新居までは4キロくらいあるから、各員体調が悪くなった場合はすぐに言うこと。多分、大丈夫だとは思うが……エネルギー補給用のお菓子も用意しています!」
「あい!」
「どんなお菓子だろう……!」
エルがお菓子の言葉に早速、目を輝かせている。でも補給用、ってことは……魔力の補填用なんじゃないかな。道のりが厳しい場合は、僕がエルをきちんと運べるように気をつけないと。
「それで3分の2くらい進んだところで、休憩をします! そこでお昼を食べた後に移動を再開し、夕方までに新居に到着予定です。以上、何か質問ある人は挙手!」
ハーヴェンさんが引率のお兄さんよろしく、この先の予定を解説してくれる。多分、わざわざ歩く……と言うことは、きっと勉強になることが多いからなんだろう。それに、僕もその方が楽しいと思う。
「はい、質問!」
「お? エルノア、なんだ?」
「今日のおやつはなんですか?」
「それ、聞いちゃう?」
「うん、気になるもん!」
「そか。それじゃ、お答え致しましょう! 今日のおやつは試作品で、ボンボンショコラを作ってあるぞ。一口サイズのチョコレート菓子でな、5種類用意してある。1人あたり5種類を1個ずつの計算で作ってあるから、余った場合は新居でのおやつとして配給するぞ〜。なので……早く食べないと自分の分はなくなっちゃう、という訳ではないから、自分のペースで必要な時に食べること。なお、どの味が美味しかったか後で教えてくれると、助かる。今度ベルゼブブとゲルニカ……あと、マハさんに差し入れ予定なんでな」
「チョコレート! チョコレート〜‼︎」
ハーヴェンさんの答えに、エルが嬉しそうに尻尾を振って飛び跳ねている。それにしても……おやつが5種類もあるなんて。お菓子大好きのエルでなくとも、僕もワクワクする。
「はい! ハーヴェン、質問!」
「ホイホイ、ルシエルなんだ?」
「ボンボンショコラの種類を教えてください。……食べる順番は指定できるのか?」
「あ、そうか。ルシエルは好きなものは最後に取っておくタイプだったな」
「え、それ……知ってたのか⁉︎」
「まぁ、なんとなく。エルノアと同じで……お前もピーマン、嫌いだろ? 真っ先にピーマンを平らげていたりしたから、さ……」
「⁉︎」
見透かされたように指摘されて、恥ずかしそうに手で顔を覆って赤くなるルシエルさん。……今日のルシエルさん、とても可愛い。
「ま、それはいいとして。それじゃ、ボンボンショコラの種類について説明するぞ。まずは、ヘーゼルナッツのプラリネがナッツ系」
「ウンウン」
「で、アプリコットペーストを仕込んだやつと、フランボワーズ……つまり木苺だな……のショコラ、そしてオランジェット……これはオレンジを包んだチョコな? ……の3種類がフルーツ系。そんで最後は、ココア生地にサクランボのリキュールを染み込ませた上で、ホワイトチョコレートで包んだちょっと大人の味……の5種類だ」
「おぉ〜!」
いかにもキラキラしたラインナップに、4人で興奮したように声を上げる。
「なお、種類の指定も可能だ。ただし! 好きそうだからといって、同じものを複数回指定はしないこと。その辺は自己申告だが……できればそれぞれの感想も聞きたいし、1個ずつ食べてくれ」
大人の味……。僕としては、それが1番気になる。
「お頭、おいらの分もありますか?」
「もちろんあるぞ。だからコンタローも食べ終わったら正直な感想、よろしくな」
「あい!」
最後にコンタローが自分の分の有無を確認して、安心している。ハーヴェンさんがコンタローの分だけ作らないなんてこと、絶対にないと思うけど。子分という立場上、仕方ないのかもしれない。
「じゃ……そろそろ、行くか? 道のりはちょいと長いけど、こうして喋りながら歩くのも、楽しいと思うぞ?」
「そうだな。私としては途中のお弁当も気になるが、それは楽しみにしておいた方がいいかもな?」
「まぁ、そういうこと。今日のお弁当はかなりの自信作だから。きっと、気に入ると思うよ」
「……うん」
そう言いながら2人で仲良くしている様子を見ると、僕もなんだか嬉しい。ルシエルさんの方はまだちょっと素直になれない部分があるみたいだけど……ハーヴェンさんはきちんと分かっているみたいだし、それでいいのかもしれない。




