Ep-3 是非に崇め奉ってくださいませ★
「おぉ、マモン殿! 久しぶりだな!」
神界の皆様の習性や悪癖について、色々と考え込んでいると。葉巻を蒸し終えたらしいホーテンさんが、足取りも軽やかにやってくる。ダイダロス製枕は、相も変わらず実力を発揮しているらしい。前回に会った時よりも、更にホーテンさんが「絶好調」なのが見て取れる。
「おっ、ご隠居もお元気そうで何よりだよ。お久しぶり。それで……」
「うむ、分かっておるよ。今日来てくれたのは、美術館譲渡の話をするためだろう?」
「いや、それはそうなんだけど……あまりに気前がいい話だから、冗談かなとも思ったんだ。やっぱり、本気なんだ……?」
しかしながら、コトはそう単純でもないらしい。どうやら俺に声を掛けたのは美術館の常連だったから、という事情以上に、ちょっとした困りごとに付随するお願いもあるそうで……。
「魔界の大物相手にこんなことを頼むのは、身の程知らずもいいところなのだろうが……ジャーノンが取引先で、妙な噂を掴んだようでな。……どうもワシの元甥が、アーチェッタで悪さしているようなのだ」
うん? ホーテンさんの甥っ子って……確か、ぺラルゴだよな? あの底抜けに情けなくて、どうしようもないくらいにお馬鹿で、人生の先行き展望も真っ暗な甥っ子さんが……どうして、人間界で(悪い意味で)返り咲いているんだか。
「折角、人間界に戻してやったのになぁ。まーだ、懲りてなかったか……」
「ふむ? もしかして……マモン殿はぺラルゴの近況について、何か知っておるのか?」
「まぁ、ちょっと色々とござんして」
そうしてカクカクシカジカ、これこれうまうま〜……と、ぺラルゴさんが「諸事情により」魔界に堕ちてきた事や、嫁さんの逆鱗に触れた「諸事情により」仕方なしに人間界に戻してやったこともお伝えしてみれば。いよいよ、情けないとばかりにホーテンさんが盛大なため息をつく。
「そうであったか……。本当に、あいつは救いようのない馬鹿だな。いっそのこと、奥方に切り捨てられた方が良かったかも知れん」
「いや、俺はそこまでしなくてもいいだろうと思って、逃したんだけど……まぁ、結果がこれだからな。もうちょい、お灸を据えておいた方が良かったかも……」
何だか、すみません。俺としては、そこまでご気分を凹ませるつもりはなかったのだけど……こうもあからさまに落胆されると、ちょっぴり切ない。そして、リッテルよ。お前はどうして、そんなに得意げなんだ。今のエピソードで、お前がドヤる場面は1つもないと思うぞ。
(それにつけても、アーチェッタって確か……)
リンドヘイム聖教とやらの総本山であり、ハーヴェンが非業の死を遂げた場所……だったかと思う。例の小説にもその辺りがしっかり書かれていたから、俺もなんとなく知っているけれど。正直なところ、あのぺラルゴさんに信仰心は一片たりともない気がするが。
「それはそうと、どうしてアーチェッタなんだ? 逃げ回るんだったら、もうちょい田舎の方に引っ込みそうなもんだが」
「聞いた話によりますと、ぺラルゴ様はとある美術品に執着されているのだとか……」
「美術品?」
そういや、あいつは元美術館長でもあったな。最初にお邪魔した時には、俺に対して一丁前に「美術品への造詣が欠如している」とか吐かしてくれたりしたが。……一応はそっち方面への興味はあったという事か。
「リンドヘイム聖教所収のカンバラ最後の肖像……3人の姫君の肖像画ですね。ルルシアナ・ミュージアムでも一時的にお借りできていたものではありますが、いよいよ欲しくなったようでして」
「あっ、あれか! 確かに、あの絵はいいもんだよな。嫁さんの美人っぷりもバッチリ表現されているし、色遣いも落ち着いているのに、どことなく華やかだし。何より……肉筆ってのは、迫力が違うよ、迫力が。……俺もあの絵が欲しいってのは、分かるかも……」
「ほぅ、マモン殿は相当に芸術に興味があると見える。ますます、美術館を譲るに相応しいな。……ぺラルゴにもそれだけの熱心さがあれば良かったのだが……あれは単純に好き者なだけだったようでな。美人画やら、裸婦像やらに固執する傾向があってな……」
うん、これはどっちかっつーと……美術品に興味があるんじゃなくて、美人(嫁さん)に未練があるって方が正しいのかも。そう言や、魔界に墜っこちてきた理由も一応、嫁さん絡みだったな。……当の嫁さんに全く相手にされなくても、執着心だけは旺盛だったのかも知れない。代替品で満足しようとする思考回路は、相変わらずみたいだが。
(……リッテルって、意外と色んな男を狂わせている気がする……)
ぺラルゴさんはリッテルが忘れられなくて、罪を拵えて。かの冥王様はリッテルが諦められなくて、人形を拵えて。デートに出かければ、旦那がいようとホイホイやってくる奴らもいれば、俺を「悪徳主人」認定して一方的に食ってかかってくる奴もいたし……。どうも、彼女のためなら無茶をし出す奴が後を絶たないよーな……。
(いや、ちょっと待て。もしかして……リッテルに狂わされたのは、俺も一緒じゃ……?)
もういいや。嫁さんの傾国加減は今に始まった事じゃないし。……深く考えるの、やめとこう。
「その肖像画を毎日ご覧になるために、彼の地に赴いたようです。しかも……経緯がさっぱり分からないのですが、今は司教の地位を得たとか、なんとか……」
「そりゃぁ、大したもんじゃないか。俺には司教とやらが、どのレベルなのかサッパリだけど」
「ハハ……でしょうね。大物悪魔様にしてみれば、人間の宗教における階級など無意味でしょうから」
乾いた笑いを漏らすジャーノンとは対照的に、渋い顔で眉間に皺を寄せ始めるホーテンさん。そうして、ご隠居のご機嫌が悪くなったのにも勘づいたのだろう、ジャーノンが心配そうな顔をしながら話を続ける。
「マモン様はリンドヘイム聖教は天使信仰を主軸とする宗教である……というのは、ご存知ですか?」
「あぁ。そのくらいは何となく、知っているよ。だけど、とある天使様がリンドヘイムを全否定していた気がするが……あっ、もしかして。そのせいでリンドヘイムの奴ら、超困っていたりして」
「それもご存知でしたか。えぇ、その通りです。大天使・ルシエル様がリンドヘイム聖教が作り上げた勇者の物語は嘘であると宣言されてから、リンドヘイムの地位は急落しておりまして。そんな折に、先の神々の戦いがあったでしょう? ……悪魔を絶対悪と位置付けていた彼らにとって、皆様の活躍は非常に都合が悪かったようです」
って、言われてもなぁ。俺達はただ、嫁さん達のために頑張ったのであって、だな。人間界を助けたいだなんて、壮大なヒロイズムは持ち合わせていないけど。
(ま、悪魔の存在を好意的に受け止めてもらえたのは、悪い事じゃないか……)
これから人間界でも暮らしていこうって時に、現地人と馴染めずに大暴れする奴が出てきたら、悪魔は悪役に逆戻りだ。互いに敵意がないと分かっていれば、割合平和に共存できるだろうし……何より、契約主の天使ちゃん達に余計な苦労を押し付けずに済む。
「そんな中で、ぺラルゴ様のご降臨は彼らにとっても再興のチャンスに捉えられたようでして……」
俺が人間界でのこれからに思いを馳せていると、ジャーノンがあまりに突飛すぎる現実を教えてくれる。ご降臨って。まるで、神様か救世主みたいじゃん。
「あ? ぺラルゴの……降臨? あいつ、そんなに偉い奴だったのか?」
「いや、そうではない。どういう訳かは知らんが、ぺラルゴは相当の魔法能力に目覚めたようでな。今では、新しい奇跡の子なぞと持て囃されておる」
「へ、へぇ……そうだったんだ?」
相当の魔法って、どんなもんだろうな? 所詮、ユーザーが人間の時点で魔力量も、レベルも、高が知れている気がするが……。
「まぁ、とりあえず相談の用向きは分かったよ。要するに、ぺラルゴさんの様子を見てくればいいんだよな?」
「頼めるか、マモン殿」
「あぁ、構わない。俺がホイホイ人間界に戻したのがいけなかったんだろうし、何より……あの絵は俺も欲しい。折角だから、ちょいとゲットしてくるか」
ついでに、ルシエルちゃんにも相談しておこう。今日はちょうど、カーヴェラに来ているみたいだし……要注意拠点でもあるアーチェッタで怪しい動きがあると、報告しておくに越した事ないだろう。
「うふふふ……! ついに、この時が来たわね……!」
「あ?」
「これは、あれよね⁉︎ ビシッと予告状を出して、華麗にお宝を盗み出しちゃうのよね⁉︎」
「は、はい?」
お宝を……盗み出す⁇ いや、俺はできるだけ平穏に譲ってもらうつもりだったんだが……?
(嫌な予感がする……! いや、嫌な予感しかない……!)
嫁さんのテンションからするに、もしかして……。
「怪盗紳士・グリードの出陣よ〜!」
「怪盗紳士……ですか、リッテル様? えぇと、あの小説の……?」
「そうなのです! 何を隠そう、怪盗紳士のモデルは私の旦那様その人なのです! ホーテン様も、ジャーノン様も、是非に崇め奉ってくださいませ★」
「ダァカァラァ……! そういう余計な黒歴史は暴露するなし! 大体、俺は怪盗だった時期は一瞬たりともねーし!」
本当に、もぅ! どうしてリッテルのお口は、こうも軽やかなんだろう? しかも、俺の渾身の全否定も受け流しては……いよいよ、怪しい領域へとトリップし始めた。
「ふふふ……こうなったら、私も怪傑・クリムゾンとしてお供しなくちゃ……!」
「怪傑……クリムゾン? 誰だそれ? えぇと、リッテルさん? とにかく、現実に帰ってこーい! もしもし? もしもーし!」
「うふふふ……真っ赤なルージュに、真っ赤な衣装で……!」
あっ、ダメだこりゃ。
「マモン殿、それで……」
「……大丈夫です。嫁さんがどんなにはっちゃけていようとも、きちんと視察は引き受けますよ。一応、アーチェッタに詳しい奴にも、声をかけようと思うし」
「そう言ってもらえると、助かるが……何れにしても、マモン殿は相変わらず苦労されているようだな?」
「ソウデスネー。そういう事にしておいてクダサイ」
「う、うむ……」
今日も愛しい嫁さんの妄想が激しいです。激しすぎて、ついて行けません。そんでもって、周囲の生暖かい視線がとっても辛いです。……お願いですから、そろそろ無様に巻き込まれる方の身にもなってください……。




