22−83 幸せ過ぎて、泣いちゃいそう
ルシエルはまだ、目覚めない。それでも、きちんと「お仕事」が進んだのか……ようやく、スルリとロンギヌスからルシエルの手が離れたと同時に、ロンギヌス自体は彼女を見守るようにプカリと浮かび上がる。ルシエルが握りしめていた柄一面には、青い花が見事に咲き誇っていた。
……そう、か。きっと、ロンギヌスも向こうで一緒に戦ってくれていたんだな。
「って、今は脱出が先、先っと! ……あの様子じゃ、グランディアさんも終わりみたいだし」
「だろうな。……多分、ルシエルちゃんのプログラムとやらが、走ったんでない? ……ほれ。あいつの足元、見てみ?」
「お?」
いよいよ足元さえも崩れ始めた、グラディウスの鋼鉄城。かつてない大規模な崩落に巻き込まれまいと、慌ててルシエルを抱き抱えて、女神様の様子を伺うが……マモンに指摘されたグランディアの足元には、まるで傷跡を埋め尽くしてやろうとばかりに、真っ青な花が咲き始めていた。
「あの花……ピーコック・ロンド、だっけか?」
「あぁ。ヤーティによれば、花言葉は”正しい心”……だったな」
いかにもお誂え向きで、いかにも場違いで。こちらの方が正義だなんて、確証もないのに……ピーコック・ロンドはグランディアを正してやろうとばかりに、ズンズンと無遠慮に咲いていく。真っ黒い床ごと、青い花がとうとうグランディアを埋め尽くした後は……ただただ、ハラハラと花びらを散らすと同時に、女神本体も風に帰っていく。
「なんだか……妙に遣る瀬ないな」
「……かもな。それでなくても、最後はグランディアをタコ殴りにしただけだし。ちぃっとばかし、スッキリしねー」
「そう、ね。ここまでくると、ちょっと可哀想よね」
そんなことを言いながら……旦那様の隣に戻ってきたリッテルも、どこか浮かない表情を浮かべていた。
……それもそうだろう。モトを正せば、クシヒメさんは被害者であって、恋破れただけの女神様でしかなかったはずだった。それがふとした拍子に悪意だけを分離させて、暴走して……果ては、退治されて。最後に手を取り合うことができればよかったのだろうが……結局はそれも叶わなかった。
「ま、迎えちまった結末を嘆いていても、仕方ねーか。……どっちにしろ、ローレライは無くなっちまったんだ。これからのこと、考えないといけないんじゃない?」
「それもそうか。……それに……」
確かに感じた、懐かしい気配。彼女の体は、既に俺の腕の中だけれど。全身全霊で体だけじゃなくて、心も受け止めちゃうとばかりに背中を摩ってやれば。待ちに待ったあの綺麗なブルーが、こちらを見上げていた。
「ゔ〜ん……? あっ!」
「お、お帰り。随分とうなされていたが……大丈夫だったか?」
「あぁぁぁ……! 帰ってこれた……! グスッ……ハーヴェン、会いたかった……!」
「ふっふっふ……今か今かと、お目覚めをお待ちしておりましたよ? プリンセス。うんうん。ルシエル……よく、頑張ったな」
「うん……! あっ、でもね。ハーヴェン、実は……」
意外と意識はハッキリしているみたいで、一安心だが。折角のお目覚めなのに、途端に表情を暗くしては、何かの報告をし始めようとするルシエル。だけど……。
「……とにかく、話はあとあと。今は朝日に向かって、エスケープが先だ」
「そいつは違いねぇな。ルシエルちゃんも色々と疲れてんだろーし、難しい話は後回しにしとけ」
「そうですよ! 頑張ったお嫁さんには、たっぷりの休息と旦那様のサービスが必要ですもの! ね、あなた?」
「……えっと、それはアレですか? 俺もサーヴィスしないと、いけないクチですか?」
「当然よ!」
マモン様ご夫妻は相変わらずのご様子だが。彼らのやり取りに、ルシエルがクスリと笑ったのにも安心しては……いよいよ翼を広げて、白み始めた空へ飛び出す。
遥か足元からは派手にガラガラと音を立てて、鋼鉄の瓦礫が儚く落ちては……青い花と一緒に、風に煽られている。白い鎖に引っ張られ、金色の砂漠の上に黒い斑点となって散る、新しい世界になるはずだった鋼鉄城の残骸。この光景を……俺はこの先、忘れられない気がする。
(……何もかも、夢みたいだな。でも……夢で終わらないのが、現実なんだよな。それに……)
今までの事、これからの事。色々と話し合わない事があるのは、間違いないけれど。でも、今は何よりもこうして幸せを噛みしめる方が先。だって……ほら。
「……やっぱり、私はここが一番落ち着く。あぁ……生きていて、良かったぁ……!」
「そか。それは何よりだよ。いつだって、どんな時だって。……お前の帰る場所になれるのなら。俺はそれ以上、何も望むつもりはないさ」
「うん……ふふ。ハーヴェンと出会えて本当によかったなって、今更になって思うよ。……ありがとう」
もぅ、ルシエルさんったら。ここぞとばかりに、超絶にあざといんだからぁ。そんなに可愛いことを言われて、そんなにスリスリされたら、照れるじゃないの。俺……本当に幸せ過ぎて、泣いちゃいそう。




