22−73 神ならではの権能(と書いてワガママと読む)
「さて、ここからは強行突破と行きましょうか。……しっかり、掴まってろ」
「ちょ、ちょっと、ハーヴェン!」
意味ありげな女神様のセリフをなぞりながら。ハーヴェンが易々と私を抱き上げる。だが、そもそもハーヴェンは新しいポートの場所を知らないはず。それなのに、強行突破なんてできるのか……?
「2号ちゃんも一緒に行こうな。ほれ、こっちにおいで」
「はっ、はい!」
なるほど、2号ごと運ぶつもりなのか。そうして、ハーヴェンに呼ばれた2号が肩の上……ではなく、なぜか首筋周りのモフモフ部分にくっつく。ハーヴェンの肩の上も相当な特等席だろうが、2号が意外なまでにウットリした表情で、ハーヴェンのモフに小さな体を埋めているのを見ると……悔しいかな。どうにもこうにも、真似たくなるじゃないか。
「ルシエル、どうした……?」
「……私もこっちにする」
「はい? ま、まぁ……いいか。そんじゃ、行くとしましょうか!」
「だけど、ハーヴェン。どうするつもりなんだ? あの悲惨な状況を掻い潜るなんて……」
結局、首元にいそいそと移動しては……モフへのスリスリを忘れない私を見下ろしながら、苦笑いのハーヴェンがそっと崩れかけている床を指差す。彼の黒い指先が示す方向を見やれば確かに、セフィロトの白い根とは趣の異なる、別の「白に近い萌葱色」の根がひっそりと張られているのにも気づくが……。
「まさか、これは……」
「……そ。マナさんが張り巡らしてくれた、レイラインじゃないかな。ちょっと簡易版みたいだが……この感じだと、さっき俺にかけてくれた魔法の効果も引き継いでいるっぽい。この上を辿るようにすれば、なんとかなる気がするぞ」
未だに玉座の間で激しくぶつかり合う女神を改めて見つめては……やはり、ゴラニアの最高神は一筋縄ではいかないと嘆息してしまう。
……そうか。だから、グランディアとの衝突は敢えての物理戦なのか。魔法はいくら簡略化できても、どうしても発動と同時に神経も注ぐ必要がある。攻撃魔法は展開すればそれきりのことも多いが、それだって上位魔法の構築にはそれなりに集中しなければならないし……況してや、補助魔法や回復魔法の継続発動で求められる集中力のレベルは攻撃魔法の比ではない。
多分、気質に合っている・合っていないもあるのだろうけれど。マナの女神がグランディア相手に直接攻撃を選んだのには、こちらの仕込みを優先する目的があったからなのだ。
「と、言うことで……ハーヴェン、行っきまーす!」
「ヒャッ⁉︎」
そんな安心材料を並べたところで、勢いよく翼を広げるハーヴェン。遠慮なしにフワッと浮き上がった彼に落とされないように、必死に抱きつく。そんな私の密かな癒しを知ってか、知らずか。ハーヴェンは驚異的なスピードで、激戦の流れ弾や落下物を物ともせずに掻い潜っていく。しかし……。
(安心するのは、まだ早い。……プログラムの完遂こそが、私の役目なのだから……)
いくらハーヴェンが頼りになり、一緒に障害を乗り越えてきたと言っても。ロンギヌスの打ち込みは私こそが成さねばならないこと。この先に大一番が待っているのだから、気を引き締めこそすれ、気を抜くのは絶対にダメだ。
***
「なんだ……貴様の実力はその程度か、マナの女神よ!」
「ふん。手加減をされているとも知らず、いい気なものだな」
「ホホ……この状況で強がりは見苦しいぞ?」
手元の白銀を操りながら、マナはジリジリと後退すると見せかけ……ルシエル達の道筋にこそ、神経を注いでいた。正直なところ、マナは強がってもいなければ、手加減もしていない。ただただ「足元」を掬われないように、上の空で交戦しているだけだったりする。
ハッキリ言えば、グランディアはマナにしてみれば赤子同然の相手でしかない。それでなくても、1度は難なく降した相手であるし、その時は「まだ」愛していたはずのヨルムンガルドも一緒だった。かつての「色々と気にしていた」状況とは、大幅に事情が異なる。その上で、マナの泣きどころでもあるセフィロトも確保してある以上、本来であればマナが手を抜く必要はない。
(しかし、先程……ハーヴェンにも、あぁ言われてしまったしの……)
それでもマナが時間稼ぎに徹しているのには、ハーヴェンに「このままだと嫌われるぞ」とズケズケと言われてしまったからだ。嫌われるのには慣れているつもりだったが、いざ身近(だと思っている)相手に嫌われるともなれば……やはり辛いものは辛いし、避けることに越したことはない。それ以上に……彼の「お説教」の効果で、マナの中には新鮮な価値観が芽生え始めてもいた。
(犠牲をできるだけ出さないように、か。悪魔にしては随分と甘い事を……と、言いたいところだが。……ぬぅ。皆が積み上げてきた努力を、妾が壊したのでは示しもつかぬ……)
自身も言っていたように……マナは「自分に都合の悪い相手」を排除することでしか、秩序を守ることができなかった。それでなくても、かつての神の世界は実力主義が罷り通る世界であり、弱い者が食い尽くされるのは自然の摂理。そして……その摂理を作り出したのは他でもない、絶対強者でもあったマナ自身だ。自らがゴラニア一強の構図を作ることで、彼女は威厳と地位とを無理やりに確保していただけに過ぎない。
原初の未熟な世界は、彼女のワガママが正常に機能するくらいに単純だった。住まう命も少なければ、マナを身近に知る者も少ない。だが、命が多様化し、マナへの信仰を集めなければならないとなった時に、マナはワガママを通せなくなっていった。嫌われれば、信仰を集めることはできない。自我も嗜好も多様化した現代の世界で、神ならではの権能(と書いてワガママと読む)を思う存分発揮しても……待っているのは、嫌われ者になった孤独のみだ。
(とは言え……そろそろ、これだけでは防ぎきれなくなってきたな……)
しかしながら、けたたましい威嚇と変化とを止めようとしないクシヒメ……否、グランディアの攻撃は激しさを増すばかり。さっきは「居城を壊したくない」と言っていた同じ口で光弾を幾重にも吐き出しながら、玉座の間を縦横無尽に破壊し尽くしていく。その様子に……マナは彼女が既に、振り切れてしまっている事を悟る。いや……この様子は「その限り」でもなさそうだ。
「ギュアァァ! 憎い、憎い、憎い! 邪魔な者、邪魔な世界! 全部全部、壊れておしまい!」
「とうとう、堕ちてしまったか……。自らの魔力のせいで、意識が混濁しているようだな……」
グラディウスは「悪い魔力」で満たされている……それが故に、マナも最大限に自身の魔力を振り撒いては、空間の「浄化」を進めていたのだし、こっそりとグラディウスそのものに自身の魔力の道筋をも敷設していたのだが。しかし、彼女の本体・マナツリーは次元さえ違う異空間に残されたままであり、言わば「出張の身」でもあるマナ・オリジンにできる浄化には限界がある。
(だからこそ、最初は丸ごと壊せばいいと短絡的に考えてもいたが……ふむ。野蛮女神等と呼ばれるのは、やはり癪だな……)
幼稚な悪口を粛々とやり過ごしながら、マナはグランディアの異変を注意深く見つめる。おそらくだが、彼女は自身が吐き出していた「悪い魔力」に感化され過ぎてしまったのだろう。純白の柔肌から、黒光する鋼の翼を8枚揃えたところで、顔だけは美しいままのグランディアが譫言を溢す。
「ママはアナタのタメなら……サイゴまでイきヌいてみせる……! アクマになろうがジャシンになろうが、このイノチがツきようが……あのテンシのクビをハねるまでは……!」
「天使、だと? 妾は天使ではなく、女神なのだが……」
「ハチヨク……ハチヨクのテンシが……ニクイ……! あのテンシだけは……このテでホロぼさなければ……!」
「……⁉︎」
グランディアの血走った瞳が、カッと一層に見開かられる。だが、彼女の瞳が捉えているのはマナではなく……漆黒の悪魔に抱きつき、黄金の槍を手にした大天使だった。




