22−69 負け犬女神
女神とは、そういうもの。アリエルが静かに、諦めにも近い言葉を紡ぎ出すが。彼女の言う「そういうもの」が意味するところを逡巡して……やはり、運命は残酷だと思わずにはいられない。
「……それは要するに、アリエルは世界に根付くつもりなのか? 新しい霊樹の使者として……」
始まりの神話が、「どんな結末」を迎えたか。その事を考えれば、アリエルの「諦め」も理解できてしまうのが、殊更悲しい。神話だと定められた「現実」では、女神・マナも男神・ヨルムンガルドも……仲違いをしたまま、マナツリーとヨルムツリーとに姿を変え、それぞれの世界を牛耳っていた。そして、マナは霊樹への転身を「先祖返り」だと称していたが、そのことからしても……神というのは霊樹ないし、それに近い存在を礎にしているのは間違いなさそうだ。
もちろん、アリエルは元から女神ではない以上、彼女のルーツを霊樹に求めることはできないのかも知れない。だが、女神という存在そのものの成り立ちを考えた時に、霊樹・グラディウス(ローレライ)ありきで女神へと昇華したアリエルにも……同じ「先祖返り」の未来が用意されていると考えても、曲解にはならない気がする。
「えぇ、そんなところね。……マナの女神も、そう。セフィロトだって、そう。このゴラニアでは神格を持つ者はみんな、霊樹としてこの世界を見守ってきた。だったら、私だって……いいえ、私だからこそ、できるはずよ。新しい霊樹として、この世界全てを愛することくらい」
「マミー……」
私にはその神格がどこから調達され、誰が保証するものなのかが分からないのだが……何れにしても、目の前で「全てを愛する」と女神らしい決意を漲らせているアリエルには、「それだけの神格」が備わってもいるのだろう。尚も、マナとは違うという自己主張を織り交ぜながらも、気丈に私を見つめてくる。
「……だから、ルシエル様。枝切り鋏で切り離した後、世界が落ち着いたら私をどこかに埋めて欲しいの。さぁ、急いで。……あのままじゃ、セフィロトが取り込まれてしまうわ」
「……あぁ、そのようだな。君の言う通り、急いだほうが良さそうだ。だけど……」
しかしながら、そこまで言い含められても……私はアリエルを切り離す覚悟ができないままだ。ここでアリエルを切り離すことは、彼女を傷つけるだけではなく……彼女の自我をしばらく封印することも意味する。何せ、霊樹は役目を果たせるようになるまで、少なく見積もっても100年単位の時間を必要とするのだ。いくらアリエルとの関係がただただ「同僚だっただけ」の希薄さとは言え、親娘を切り離すことが残酷な事くらいは、イヤでも理解できてしまうと言うもの。
(切り離す……。本当に、切り離していいのか……?)
世界の平和のために? 彼女をこの世界から切り離しても……いいのだろうか?
思いの外、しっくりと手に馴染む枝切り鋏を構えてみたところで、大それた勇気を捻出できるはずもなく。私は結局……情けなく、俯いてしまう。やはり、できない。私には……。
「……ルシエル。1人が不安なら、俺も手伝うよ」
そんな情けない私の手を、旦那の大きな手がそっと包み込む。その瞬間……冷えに冷え込んだ感覚に、冴え冴えとした感情が巡り始めた。
「ハーヴェン……」
「ふっふっふ……こんな所で夫婦共同作業と銘打つのも、微妙だけど。今は前に進む事を考えないと。それに……アリエルさんは死んじゃうわけじゃないんだろ? 霊樹として、これからも生きていこうって事なんだろうから。落ち着いたら、使者として会うことはできるんじゃないの?」
「それは、そうなのだけど……」
僅かに残る「前向きな要素」を器用に拾っては、優しく微笑むハーヴェン。その上で、ちょいちょいとラディエルを手招きすると、こっちへおいでと誘導する。
「ごめんな、ラディエル。ママはしばらく、留守になっちまうけど……」
「ウゥン、これがマミーが望んだ事なら……私、我慢できる。マミーとお話しできるようになるまで、ずっと待ってるわ」
「そか。そんじゃ、俺達と一緒にママの帰りを待っていような。で、悪いんだけど……ちょっと、目を塞いでてくれるかな。この先は少し、ショッキングな光景だろうから」
「……うん」
お兄さん、素直な子は嫌いじゃないぞ〜……そんな事を言いながら、しっかりとラディエルを庇いつつ、ハーヴェンがウィンクで合図をしてくる。相変わらずの旦那の機転の良さと配慮に、私もいよいよ覚悟を決めるかと、腹から息を吐くと同時に鋏の刃をアリエルに充てがう。しかし……その決意も、鋭い金切声で不意に途切れた。
「そうはさせぬ! このクシヒメ……いや、グランディアの覇道を邪魔するなど、言語道断! その女神には台座ごと消えてもらうぞ!」
「……!」
私が手を下すまでもなく、アリエルの玉座が白い矛先で滅多刺しにされる。目の前でザクザクと切り刻まれ、玉座ごと身を貫かれたアリエルは一瞬驚いた表情を見せた後……それでも、抵抗せねばと咄嗟に気力を振り絞る。
「グッ……! 負けないんだから……!」
「おや……意外に、しぶとい。気力だけで息を吹き返すだなんて……腐っても女神、と言ったところか?」
「そういうあんたこそ、本当に……呆れる程、しぶといのね……クシヒメ。負け犬女神のくせに、支配欲だけは旺盛なんだから……!」
「そうかも知れんな? でなければ……ここまで、憎たらしい女の継子まで愛することはなかっただろうに。ほほ……セフィロトはほんに、可愛らしい。こうして、ようやく私の元に帰ってきたのだから。何を置いても……手放してなるものか」
アリエルが気迫の表情で睨みつける先には、無数の腕でセフィロトを羽交い締めにし、強引にお包みを作り上げては悦に入る芋虫だった女神の姿がある。そして……彼女に対峙していたであろうマナはセフィロトの存在もあって、一思いに攻撃ができない様子。マナツリー由来の魔力を放出し、空間の浄化を試みているようだが……クシヒメの悪意が生み出す「グラディウスの魔力」を覆せないでいる。
「いかん! このままだと、セフィロトも取り込まれてしまう……! ルシエル、さっさとロンギヌスを使わんか!」
「そうは言われましても! この状態では……!」
アリエルも満身創痍なら、玉座も全壊寸前。それでなくても、プログラムを正常に稼働させようとするならば、正しいポートに接続するのは必須事項だ。最初から隠蔽されていた接続先が根本から……しかも、封印になっていた女神ごと切断されているのだ。これでは……稼働どころか、接続ができるかさえ怪しい。
(ようやく、接続先まで辿り着いたのに……! こうも跡形もなく破壊されては……)
いいや、まだだ。悪あがきをする前に諦めてどうする。そもそも、この場合は接続先の口が壊れてしまっただけで、経路自体までは死んでいないと考えるべきだ。であれば……。
「2号! 悪いのだけど、すぐに経路の確保を頼む!」
「承知しています、ルシエル様! 大至急、接続ポートの探知に入ります!」
そうだ。2号がいれば、まだ経路の再探索は可能に違いない。それにしても、2号は冗談抜きで物分かりがいいな。きっと、大元の自我が私由来ということもあり、ある程度の思考回路は似ているのだろうけれど。……この辺りは、私の羽を媒介にしている以前に、ベルゼブブの手腕に感謝した方が良さそうだ。
「よし……それと、ハーヴェン! もう少し、時間稼ぎをお願い!」
「おぅ、任せておけ! この程度の攻撃、屁でもないさ」
「後は……ラディエル。もしかしたら、君は防御魔法を使えたりするのだろうか?」
「うん、ちょっとはできるし、私も頑張れると思うの。……今は、目を閉じている場合じゃないよね」
2号が経路を見つけるまでの間、クシヒメの相手はハーヴェンとラディエルに任せられそうだ。そして、2号の探索を待つ間。残る私の役目と言えば……。
「……アリエル。すぐに回復するから、少し待っていて。……今の残り魔力だと、大したことはできないけれど。それでも、痛みを取り除くことくらはできると思う」
玉座から無惨にも切り離され、上半身のみの状態で転がるアリエルに回復魔法を施す。さっきのハイネストプリズムウォール(7連発)が後を引いていて、今は止血してやるのがやっとだが……。それでも、彼女の最終目的からすれば、十分なのだろう。アリエルはもう何も言わず、後の事は私に託してくれるつもりらしい。最後に慈愛に満ちた微笑みを見せると、小さな苗木へと姿を変えて……私の両の手に、自ずと収まっていた。




