22−67 白の変容
嫌われ者の神様になってしまう。それはセフィロトだけではなく、マナにとっても致命的な失態でしかない。神というのは魔力以上に、人々の信仰心によって力を得るものであり、いくら自前で確固たる肯定感を生み出したところで……他者から神として認められなければ、神としての威厳を保つことはできない。
(しかし……何となくだが、この辺りはマモンの「枷」に通ずるものがあるな……)
神様が信仰を集めないと存在を肯定できないのと同じく、マモンも配下からの人望によって威厳を保っているフシがあると、聞き及んでもいたが。マモンは大悪魔の中でも特殊な作りをしており、他者からの畏怖や敬意が実力に直結するとあって、あの心配性(ついでに苦労人気質)が醸成された……という事になるらしい。マナの女神とマモンとを同列に扱っていいのかは、少々疑問だが。マナの女神も彼と同じレベルで周囲に気を配れなければ、親玉として存在意義を発揮できないという事なのかもしれない。
「妾は……嫌われてしまうのか? また、1人になってしまう……?」
「う〜ん……このままだと、そうなるかもな? 少なくとも、俺は今の勢いでアリエルさんを滅ぼされたりしたら、なんて嫌な神様なんだろうって思うし……万が一にもルシエルを殺されたりしたら、再起不能な勢いで大嫌いになるだろうな。あ、いや。そんな事になったら……大嫌いどころか、名前すら聞きたくないってくらいに、恨んじまうかも」
私を労うようにヨシヨシと抱き上げながら、相変わらずの調子でハーヴェンがその場を収束させようとしている。……しかし、本当にハーヴェンは相手の勘所を突くのが上手いな。最後に「当然、おやつもナシです!」だなんて彼が言ったらば、みるみるうちにマナがワナワナと怯え出したじゃないか。まさか、相手が完全体の女神……マナ・オリジンであっても、ハーヴェン印のおやつがキーアイテムになるなんて。ゴラニアの最高神がこの調子では……ある意味で、威厳を保てていない気がする。
「くぅ……! し、しかし! こやつは裏切り者なのだ! だから……」
「だから、一方的に排除していいと? だけど、さ。そもそも、マナさんが悪いんだろう? この場合。裏切られるだけの事をしたんだから。それこそ、神様失格だと思うけど」
「はぐ⁉︎ そ、それは、その……」
「どんな形であれ、生み出したんなら、最後まで責任取らないとダメじゃないか。気に入らないからポイ……だなんて、それこそあり得ないだろ。生命への冒涜だと思わないのかな?」
……こういう時、旦那のお言葉には妙な説得力がある気がする。ある意味で正論すぎる正論を最高神に説くだなんて、無茶な所業だと思いつつ。この辺りは生前が聖職者だったが故の、博愛主義が成せる技なのかもしれない。ハーヴェンの説得に、マナの顔にも明らかな迷いが浮かぶようになった。
「ほれほれ、必要のない断罪はとっとと止めちまえよ。振り上げた拳を引っ込めるのは、格好悪いのかもしれないけど。でも……その拳で一思いに暴れたら、きっと格好悪い以上に、心底後悔するぞ。どんな相手だって、死んじまったら元に戻らないし、帰ってこない。どんなに憎い相手だろうと、どんなに嫌いな相手だろうと。……死んでしまったら、絶対に会えなくなる。それだけは、昔っから変わりっこないんだから」
「……それは確かに、そうかも知れんが……」
「あと、最後に念押ししておくと。……ルシエルを傷つけたりしたら、どんな相手であろうとも、絶対に許さないからな? それから、これ以上は余計な苦労させないでやってくれよ。……普段から、嫁さんは何かと抱え込みがちだし。神様がこの調子じゃ、嫁さんの心労が嵩んじまう」
「余計な苦労……だと? それは、何か? 妾が原因なのか?」
「うん、結構な部分でマナさんには苦労させられてるって、聞いてるよ? 最近じゃ、女神様におやつを横取りされる……って、涙目で訴えられたりするし」
「そ、そうか……」
そこまで言って、抱き上げたままの私の頬に頬擦りして見せるハーヴェン。おぉ、よしよし〜……だなんてあやされれば、子供扱いも大概にしておけと言いたいが。先程の魔法で魔力を消耗している手前、彼の腕による絶妙な揺らぎがなんとも心地いい。
しかし……ここぞとばかりに、私の腹ペコキャラを強調しなくてもいいから。……マナやアリエルだけじゃなく、心なしか2号も呆気にとられた顔をしている気がする。
「なんだか、気が抜けてしまったよ。全く……本当に女神っていうのは、情けないものなんだね。心底、興醒めだ」
「そう、だな。……本当に、興醒めもいいところだ。妾は情けないし、愚かなのだよ。ただ、気に入らぬ相手を排除することでしか……世界の均衡を保つ術を知らぬ」
それでも……と、マナが嘆息しつつやれやれと首を振る。相当にハーヴェンの「おやつ抜き」が堪えるのか、はたまた、純粋に白けてしまったのか。いずれにしても……いつの間にか、彼女からは先程の激烈な魔力の威圧感を感じなくなっていた。
「とは言え、グラディウスにはきちんと正常化してもらわねばならん。このまま、独立させるわけにもいかんのでな」
「正常化だなんて、物は言いようだわね。悪いけど、私は今のグラディウスが異常だとは思っていないわ。それに……この霊樹がなくなったら、私達3人は生きていけないのよ。今の世界に爪弾きにされているのだもの」
いつの間にかアリエルの元に辿り着いたラディエルを抱き上げながら、アリエルが尚も詰るようにマナの女神を睨んでいる。一方のラディエルは何かを機敏に感じ取っているのか、彼女の腕の中で尚も不安そうな顔をしていた。
「アリエルの言う通りだよ。僕達はもう、元の世界に帰れなくなっている。グラディウスをローレライに戻されたりなんかしたら、死んでしまうんだ……!」
そして、アリエルの言葉を引き継ぐ形でセフィロトが慟哭する。
マナの魔力が収束したと安心していたのも、束の間。今度は悲壮な呟きと共に、セフィロトの魔力が再び溢れ出した。マナの光属性とは、また違う歪な威圧感を放つ怒気に……私はハーヴェンの腕の中で、情けなく慄くことしかできない。
「……セフィロト。まさか、お前……」
「いや、違う。……これは僕じゃない」
ゾワっと噴出する悍ましい魔力に反応して、床中を埋め尽くしていた白い根がモゾモゾと蠢き出す。その不気味な様子を示して、マナが警戒の声を出すが……セフィロトの呆気に取られた表情からしても、目覚めだした白の変容は彼の仕業ではないらしい。
「確かに、グラディウスを完成させようと……僕はドラグニールを取り込もうとしていたけれど。……まだ、完了していないし……はぁ。そのドラグニールには、途中で気付かれたみたいだな……」
明らかに残念そうに肩を落とし、落胆するセフィロト。外の状況はよく分からないが……きっと、先程2号に送ってもらったメッセージが無事にルシフェル様に届いたのだろう。ドラグニールは苗床にされる運命を逃れたようだが。しかし、だとしたら……この異常な魔力の膨張は一体……?
(何かが……別の何者かが、この魔力を生み出しているのか……?)
どこだ? 一体、どこから?
そうして、私が「異常の元」を探していると……背後から俄かに震える声がかかる。
「じゃぁ、セフィロト。……あれは何かしら?」
「えっ?」
アリエルが動けないなりにも、セフィロトの背後を指差しては……「あれ」の存在を指摘するが。慌ててセフィロトが振り向いた先では、少し小高い所に鎮座していた白い根の塊が、パリパリと割れ始めている。そして……根の殻を破って這い出してきたのは、薄寒いくらいに秀麗な顔をくっつけつつも、悍ましい巨大な芋虫のような体躯を持つ怪物だった。




