3−32 マイモフモフ
約束通り、ゲルニカの屋敷に子供達とお邪魔すると……既にお待ちかねの伊達男が、彼らよりも先に出迎えにやってくる。この様子だと、どのくらいゲルニカさんちに上がり込んで、お待ち頂いたのだろうか。ゲルニカにはまた、変なところで迷惑をかけちまったかも……。
「おぉ、ハーヴェン殿! マイモフモフを連れてきてくれたのだろうか⁉︎」
「あ、あぁ……俺の親玉からも許可を取って、マハさんに派遣する子を連れてきたんだけど……。クロヒメ。さ、挨拶してやって」
「はい……お初にお目にかかります。ウコバクのクロヒメと申します。この度は派遣のご用命をいただきまして、ありがとうございました。あなた様のご希望に添えるよう、努力いたしますので……良しなにお取り立て下さいますと、幸いです」
あからさまに完璧すぎる彼女の挨拶に、その場の全員が目を丸くしている。もしかして、クロヒメの真面目さが別の意味で悪目立ちしてる……のか? これ。
「あら〜、クロヒメちゃんはとっても真面目な子なのね〜。コンタローちゃんとは違う意味で可愛いわ〜」
「あ、で……マハさん? あの?」
ゲルニカの隣で一緒に様子を見守っていた奥さんが、感心したようにクロヒメを褒めるが。肝心のマハは、クロヒメを見つめて微動だにしない。やっぱり、マハはマハでコンタローみたいなのを想定していたか? だとすると……もしかして、クロヒメは気に入らなかったりする……?
「この子が私のモフモフ……」
「えっと……クロヒメはウコバクの中でも、かなりの優等生だから。ちょっぴりお堅い部分があって……」
「素晴らしい‼︎」
「……はい?」
俺の心配を他所に、絶叫にも近い声を上げる伊達男。そして、そのまま大事そうに抱き上げられるクロヒメ。見れば、マハはいわゆるお姫様抱っこでクロヒメを抱き上げては、既によしよしと頬ずりしている。端正な顔立ちといい、妙に王子様ルックな豪華な服装といい。……相手がウコバクでも絵になるところは流石、といったところなのかもしれない。
「クロヒメは女の子なのかい?」
「はい、私はメスのウコバクです。あの……あなた様のことは、旦那様とお呼びすれば良いでしょうか?」
「私のことは好きに呼んでくれて構わないよ? それにしても……あぁ、なんて愛しい肌触りなのだろう⁉︎ 君さえいれば、どんなことも頑張れそうだ‼︎」
「そう、ですか? それは何よりです」
気に入った……みたいだな。大事そうに抱きかかえられたクロヒメの方も、マハの猫(犬?)可愛がりっぷりにウットリしている。
女の子はお姫様抱っこが好きだって、アスモデウスから冗談半分に聞いたことがあったけど。……それはウコバクも一緒なんだな。
「あなた。私も久しぶりに……お姫様抱っこして欲しいですわ」
「……今、ここで? それは後でも、構わないだろう?」
「イヤ。今、ここで抱っこしてくださいまし」
クロヒメのうっとりした表情に、何かを触発されたらしい。……視界の端で、奥さんがゲルニカに無茶振りしている。そんな奥さんに「えぇ〜」と困惑の声を上げながらも、仕方なく抱き上げるゲルニカ。相変わらず、女難の相は祓えていない模様。
「あ、私も! 私も!」
「エル……。そんなことを言ったら、父さまが困ってしまうよ?」
「じゃぁ、ギノ、抱っこ!」
「えぇ⁉︎ 僕⁉︎」
便乗してワガママを言い出したエルノアを宥めようとして、見事に流れ弾を被弾したギノ。そうされて……おずおずとヨイショと言いながら、エルノアを抱き上げている。
「お頭、抱っこが好きなのは……ウコバクだけじゃないでヤンすね」
「あ、あぁ……そうだな」
そんな中、きちんと空気を読んだらしいコンタロー。抱っこを要求することもなく……目の前で繰り広げられる光景を不思議そうに眺めながら、俺のスラックスの裾を握りしめてモジモジしている。
「それじゃ、クロヒメ。マハさんのところで癒しを提供してやって。で……何かあれば、すぐに日記で知らせてくれよ?」
「はい、お頭。何かなくとも……ご報告はいたしますので、その際はお返事くださると嬉しいです」
「おぅ。ちゃんと、返事書くからな……それと、マハさん。うちの可愛いクロヒメをよろしく頼むよ」
「もちろんだ‼︎ それでなくとも、この日が楽しみで仕方なくて……既にラヴァクールにお願いして、マボロシトラウトの干物を手配したんだ! すぐにでも、マイフェアレディに食べさせてやりたい!」
「まぁ、旦那様。マボロシトラウトってなんですか?」
マハはマハの方で、ウコバクを受け入れる準備を整えていたらしい。トラウト、というからには鱒の一種だろうが、「マボロシ」な響きからするに……貴重な逸品であることは、間違いないだろう。
「あ、そうだ。この度は……マイモフモフを紹介してくれて、ありがとう。で、粗品と言ってはなんだが。この素敵な出会いをもたらしてくれたコンタロー君にも、お礼の品を用意してあってね」
一頻り、モフモフを堪能したらしいマハ。やや興奮した面持ちながらも、一度クロヒメをそっと足元に下ろし……何やら呪文を呟く。
「おいらに、でヤンすか?」
「さ、これを是非に。マボロシトラウトの干物のおすそ分けだ。それと、私の屋敷のサンクチュアリピースも渡しておこう。クロヒメちゃんが寂しがることがあってもいけないし、気軽に遊びに来てくれ給え」
「……干物はともかく、鍵はちょっと……おいらには荷が重いでヤンすよ」
そう言いながら、コンタローが神妙な面持ちでマハから魚の方だけ受け取る。
おぉ! 前のコンタローだったら怯えてまごつくだけか、躊躇なく受け取っているかだっただろうに。この子はこの子で、きちんと立場を考えられるようになったか。
「そうか? では、鍵は……ハーヴェン殿に預けるとしようか?」
「え、俺でいいのか? ゲルニカの鍵は超貴重だって嫁さんが言ってたし、ということは……これも相当の貴重品だよな……」
細かい銀細工を施された豪奢な鍵には、これまた豪華な雰囲気の金色のトップが付いている。ゲルニカの物と同じ理屈で作られているものであれば……多分、この金色は彼の鱗だろう。
「確か、竜族の鱗は親愛の証……だったっけな? それを断るのは失礼……か。分かった。それじゃ、これは俺の方で預かっておくよ。クロヒメの様子を見に来ることがあれば、よろしく」
「受け取ってくれるか! 流石はハーヴェン殿、マイフェアレディのボスは話が早い。とにかく、クロヒメちゃんは大事にするから安心してくれ!」
「あ、うん。いや、今の感じで心配する必要ないこと、分かったし。ただ、前も言ったけどウコバクは悪魔だからな。欲望に忠実な部分がどうしてもあるから、ワガママを言い出しても大目に見てくれよ……って、聞いてる?」
俺の説明が終わる前に、再度クロヒメを抱っこして……2人の世界に入り込んでいる様子のマハ。……あっ。この感じだと、ワガママも全部受け入れてくれそうだな。




