22−14 尻軽もここまでくると、いっそ哀れだ
「リヴァイアタン様……?」
肩にしがみついていたラミュエルに鼻先を擦り寄せると同時に、リヴァイアタンが自身の掌へと彼女を誘導する。そうして、両手で大切そうに包み込んだと同時に、ギリっと牙を剥くが……無論、彼が牙を剥く相手はラミュエルではない。「愛しのパートナー」を侮辱したプランシーに対して、である。
「さて。君は悪魔になる前は神父だったと、聞いていたけれど。今となっては、悪魔ですらなくなった……と。うん、だとすると……無神論者だと定義した方がいいのかな?」
「いいや、違いますね。私は新しい神にお仕えすることにしただけのこと。今もきちんと信仰心は持っておりますよ?」
「へぇ、そうなるのかい? 君はなかなかに、新し物好きなんだね。だけど……目新しいものに、なりふり構わず飛びつくもんじゃない。きっと、後悔する。それに……尻軽もここまでくると、いっそ哀れだ」
「何とでもおっしゃい。あなたにそんなことを言われたところで、何も感じません。それに……私は既に、後悔はし尽くしているのですよ。しかしながら、その結果にこんなにも素敵な境遇に恵まれたのですから! 羨望の悪魔にしてみたら、さぞ羨ましいのでは?」
それはそれは、おめでとう。……そして、お生憎様。
リヴァイアタンは面白そうにひん曲がった口元で、小さく皮肉めいた事を呟く。そうしていよいよ、おかしくなったのだろう。クスクスと溢していた笑いを、本格的な嘲笑に変えて……プランシーにもう1度、険しい視線を送る。
「羨ましい? 僕が君の何を羨ましがれば、いいのかな?」
フッと小馬鹿にするように、短く息を吐いたかと思えば……リヴァイアタンが頭を低くして、長い体を横たえるように巻き始める。彼の姿は雲海の中心にポッカリと浮かぶ、1枚の円盤のようだが。その中心では、頭と一緒に掌に座ったままのラミュエルとを抱えている。
「君の与太話に付き合うのは、ここまでだ。少なくとも……“今の君”は躊躇なくはたき落としていい相手だと、僕は判断する。……ラミュエルさんも、それでいいね?」
「……はい。“もう”異存はありませんわ」
すぐ横から悲しげに響く、か細い返事を受け止めて。リヴァイアタンはやれやれと、ため息を吐く。
いくら、彼が「こうなってしまった事情」を知っているとは言え……ここまで肩入れすることもないだろうに。
「本当に、ラミュエルさんは優しいのだから。だけど、僕は君を傷つけたあいつを許せないし、許すつもりもない。ハハ……羨望の真祖が聞いて呆れるよね。……羨ましがる以前に、怒りを抑えられないのだから……!」
ブワッと沸騰するような、渦巻く怒気。彼の感情の変化に応じるように……リヴァイアタンを取り囲んでいた雲海が、冷酷のブルーから激情のレッドへと表情を変える。
「こ、これは……⁉︎」
「……僕はね。フィールド掌握という、古き龍神様の能力をちょこっとだけ引き継いでいてね。他の世界にあろうと、強く望めば魔界と同じ環境を作り出せる。今、僕が望んだのは……コキュートスの終着、溶岩湖だよ」
リヴァイアタンが再現したのは、あくまで魔界の情景のたった1シーン。バハムートが吐き出す青い炎と比較したら、まだまだ生ぬるい。それでも……全体的に熱に弱い機神兵達にしてみれば、溶岩の海は灼熱に等しい。
「こんな奥の手をお持ちなのに……どうして、最初から使ってこなかったのです? まさか、手加減していたとでも言いたいのですか⁉︎」
攻撃をする間もなく、声を上げる事さえ、許されず。即座に跡形もなく溶かされていく「手駒」の姿に、焦ったプランシーが堪らず叫ぶ。
「まさか。手加減が許されるのなら、ラミュエルさんが翼を落とす前にこれを使う決断するさ。……今のタイミングになったのは、手加減していたからじゃない。君が僕を怒らせたのと同時に……ラミュエルさんが君を見放したからさ」
「な、なんですと……?」
しかし、哀れな程に慌てているプランシーとは対照的に、リヴァイアタンの声色はどこまでも冷ややかだ。手加減していた訳ではないと、プランシーの「軽微な懸念事項」は否定しつつも……別の「重大な懸念事項」を示しては、プランシーを追い詰めていく。
《拍子抜けですね。魔界の真祖がこの程度とは》
《1人で戦う事こそが、最善の戦略》
神様のしるしを戴いて、付け上がりに付け上がっていたプランシーの暴言をそっくりそのまま、リヴァイアタンが皮肉たっぷりに誦じる。そうして尚も、プランシーを嘲るように続けるが。孤軍奮闘がいかに心細いかを、未だに理解しようもない怪鳥はギャァギャァと喚くしか能がない。
「どうしたの? さっきはあんなに偉そうに、言っていたじゃない。君は自分が言った事さえ、忘れちゃったのかい? ふふ……まさに、鳥頭ってヤツだよね」
「だ、黙れ!」
「知ってる? コキュートスの終着点・溶岩湖のエリアは別名ジュデッカと呼ばれているんだ。魔界に落ちてきた裏切り者を、怒りの業火で焼き尽くすために存在しているんだって。その辺は憤怒の悪魔だった君もよく知っているだろうけど……サタンはそんな裏切り者達の皮を剥いで、しゃぶり尽くすのが大好きでね。……裏切り者に落ちぶれた君を差し出せば、きっと喜んで羽を毟ってくれるんじゃないかな」
「だから、黙れと……!」
「あぁ、そうそう。アドラメレクは、誰かに裏切られた怒りで闇堕ちしてくる悪魔だったっけ。であれば……今の君を前にすれば、彼らも黙っちゃいないかも。なにせ、彼らは裏切られた側だもの。お仕置きの相手としても、君はとってもお誂え向きだろうね」
サタンやアドラメレク達のディテールは、それこそ憤怒の悪魔だったプランシーだって知っているはず。それなのに、どこか念押しするかのようにチクチクとリヴァイアタンはプランシーのプライドを刺激する。そうして、いよいよチリチリとプランシー自身の羽にも溶岩の火の粉が降りかかり始めたのを、見届けて……最終通告を言い渡す。
「これで、君は丸裸……誰も庇ってくれなくなったね。しかも、さっきまではまだ可能性があったのに……君は自ら、助けを拒否していたんだ。この場で最も怒らせちゃいけないのは、僕じゃないよ。……ラミュエルさんの方さ」
きっと、ラミュエルは怒っている訳ではないだろう。ただただ、プランシーに失望しているだけだ。だが、まだ「古き民」の世界であるゴラニアで生きていくのには、天使と仲良くやっていくのはかなり重要な能力であり、条件ですらある。
「……どうして、1人で生きていけると、勘違いされてしまったのです……。1人になって、あなたは何をなさると言うのですか? ……この世界は、孤独に生きていくためにある訳ではないのです。皆で手を取り合うためにあるのですよ。それなのに……」
1人でいいとおっしゃるのなら。もう、私には申し上げられることはないでしょう。
リヴァイアタンの掌の上で、ラミュエルが寂しそうに微笑む。それはどこまでも優美で、どこまでも柔和な天使の微笑み。だが、彼女の笑みはどこまでも別れのそれでしかなかった。




