22−6 続いていく資格
「えっと……ギノ君。ところで、エルノアちゃんは何をしているのかな……?」
シルヴィアの体がもたないかも知れない。ギノ君経由の報告はどう考えても、緊急事態なのは間違いなくて。だけど、そのご報告を上げてきたご本人様はユグドラシルを見上げては、ブツブツと何かを呟いている。
「ほぅ……あやつもどうやら、この婆様と同じ考えのようだの」
「えっ?」
だけど、意外や意外……隣で一緒にエルノアちゃんの様子を見守っていたドラグニール様が、ほんのり満足げにそんなことを言う。えぇと? それって、要するに……?
「……そう、みたいです。なんでも、エルは自分が大主様とユグドラシルの橋渡しをするんだ……って、聞かなくて。それで、多分なんですけど……エルは、ユグドラシルと作戦会議をしているみたいなんです……」
的確な答えを返しつつも、萎れた様子のギノ君。……多分、エルノアちゃんに散々振り回されているんだろうなぁ。ギノ君が立派な黒竜の姿なのに、疲れたように肩を落としているけれど。……なんだろう。そうされると、心なしか縮んで見えるような……。
「ですので、ドラグニール様。もちろん、竜女帝を守るのも大切なのでしょうけど……ここはエルがやりたいようにやらせてあげてくれないでしょうか? 防御は僕がフォローしますので」
「ほぅ、流石はエルノアの婿殿だの。あの猛攻を見ても尚、エルノアの盾になると申すか。……お前様がそこまで言うのなら、婆様がこれ以上うるさく言う必要もなかろうて。だが、守り手にはこのドラグニールも加わることにしようかの」
「えっ? でも、それだと……」
「なぁに、婆様の事は心配するでない。使者は大元が無事でさえあれば、緊急離脱も容易い。それに……これで、使者としては相当に作り込まれている方じゃ。その辺の上級精霊よりはやれるぞ?」
カラカラと上機嫌で笑っては、とんでもないことを言う婆様だけど。……確か、使者ってただただ発生させるだけでも霊樹にかなり負担がかかるんじゃなかったっけ? それなのに、上級精霊レベル……だって?
(それは流石に、言い過ぎじゃ……あっ。これはそうでもなさそう……かも?)
ようやくボクもうま〜くできるようになった「魔力検知」を頼りに、婆様に意識を集中してみるけど。……うん、これは確かに上級精霊レベルの魔力量かも。これだけの魔力の塊を搭載した使者を用意できる時点で、彼女の言う「大主様」……つまり、ドラグニール本体はまだまだ、余裕綽々ってことなんだろう。
(やっぱり、竜族はぶっちぎりで規格外だよねぇ……)
規格外なのはバハムートだけだと思っていたけれど、感覚を研ぎ澄ませてみれば……エルノアちゃんからも、ギノ君からも、強烈な魔力の波長を感じる。そして、彼女達の魔力を支えているのは「大主様」こと、霊樹・ドラグニール。これだけの魔力の塊を誕生させられる時点で、ドラグニールはミカエル様が「最高の霊樹」だと勘違いするのも無理はないのかも知れない。いや……そうじゃない。
(これはどちらかと言うと、ドラグニールの「選択」が間違っていなかったから……なんだろうな)
ドラグニールが竜族ごと雲隠れしたからこそ、彼女達は未だに強烈な魔力を維持し続けている。多分、竜族がその気になれば、人間界を丸ごと支配することもできたに違いない。頂点に君臨することだって、人間や他の精霊に仕返しも思う存分にできたろうに。だけど……竜族達はそれをしなかった。
多分、彼女達には分かっていたのだろうと思う。世界の中心になると言うことが、いかに大変で、いかに困難かを。そして……世界を支配した暁に、竜族は優しさを失うだろうことも。
そりゃぁ、自分達を傷つけた人間や他の精霊達に仕返しをするのは、とっても気分が良いに違いない。溜飲を思いっきり下げることも、できちゃうだろう。しかも、彼女達は人間界を一方的に蹂躙するだけの実力も十分に持ち得ていた。だけど……その先に確実に存在する「恐怖への対処」と「支配の存続」を考えた時に、それが本当の望みでもないことをきちんと見通してもいたのだと思う。
《圧倒的な実力は確実に、驕りの苗床となります》
そう言えば、是光ちゃんもそんなことを言ってたね。竜族達の実力が規格外なのは、自他共に認めるところ。だけど、底抜けにお人好しで平和主義者の竜族は、自分達が「怖がられること」をよしとしなかった。恐怖を植え付け、驕り高ぶり、多種族を支配することではなく……ひっそりと逃げることで、穏やかに暮らすことを選んだんだ。そして、その「避難という選択」がドラグニールにここまでの余力を残させる結果になったのだろうと、ボクは思ったりする。
ユグドラシルはそれこそ、規格外かつ、とっても特殊な霊樹だった。いくらドラグニールとて、彼女の代わりをこなせたかどうかは、とっても疑わしい。何せ、ユグドラシルは精霊の最終地点として定められていたからこそ、膨大な魔力を捻出できていた部分がある。種族に関わらず精霊の死を受け入れられるのは、他ならぬユグドラシルの特性だ。他の霊樹に同じことをさせたのなら、補充ができずにあっという間に枯れてしまうに違いない。ドラグニールが「避難」ではなく「報復」を選んでいたのなら、ひょっとすると……竜族も世界と一緒に、滅んでいたかも。
「……とにかく、今はエルノアちゃんのやりたいようにさせてあげる。それでいい?」
「はい、僕からもお願いします……。エルはきっと、頑張っているユグドラシルを放っておけないんだと思います」
「うん、分かってる。エルノアちゃんは、ユグドラシルも助けたいんだよね。そう、だよね。何かを犠牲にして助かった世界に、続いていく資格はない。きちんとユグドラシル……延いては、シルヴィアも無事じゃなきゃ、意味がないもの」
そうとなれば……うん。ここはボクもヒトハダ脱いじゃおうかな。若い子ばっかりに覚悟させるなんて、大天使(しかも、古株)の名が泣いちゃうよ。
「ザフィール。悪いんだけど、留守を頼める? ボクはドラグニール様やギノ君と一緒に、竜女帝様のフォローをしてくるよ」
「承知しました。お任せください」
「って、ちょっと! ミシェル様、大丈夫なの? こう言っちゃ、なんだけど……あんた、とっても弱そうに見えるんだけど?」
「えぇ〜? 酷いなぁ、アーニャ。これで、ボクも大天使だよ? ま、ルシエルみたいにバリバリ前線に出れるタイプじゃないけど。一応、地属性だからね。それに……アンヴィシオンもどっちかと言うと、防御寄りだし」
「そ、そう……? なら、いいんだけど……」
心配されるのは、愛されている証かな。「とっても弱そう」だなんて言われたことも、ちょっぴり前向きに脳内変換して。いよいよ「作戦会議」が終わったらしいエルノアちゃんが、コクコクとギノ君に合図を送っている。そして……言葉はなくても、心得ましたとばかりに、これまた素直に頷くギノ君。信頼感も完璧な様子がとっても眩しい。それにしても……。
(くぅ〜! こんな時になんだけど! 若人の青春を見せつけられるの、結構辛いんですけど⁉︎)
とにかく、ここはちゃんとお仕事をして……全部終わったら、旦那様探しを再開しなくっちゃね。よっし! 仕事も恋も頑張ろう、っと!




