22−3 真祖様流園芸の真髄
「……こいつはもしかして、ひょっとするか……?」
前に進まないわけにはいかないと、おっかなびっくり少しだけ歩き出すものの。花の香りが、あからさまに強まってきたところで……今度はマモンがフンフンと鼻を鳴らしながら、首を傾げる。しかし……あれ? なんだか……強欲の真祖様、ちょっと嬉しそうなんですけど……?
「まさか、こんな所でお目にかかれるなんてなぁ。……こいつは多分、ゲッカビジンの香りだろう」
「ゲッカビジン……?」
「ほれ、ちょっと前に説明したろ? 機神界原産の落とし子のこと。本来、ノーマルのハクゲッカビジンは白い花を短い間だけ咲かせるが、クロゲッカビジンはその名の通り、黒い花を咲かせる。白い方は人間界に咲いているだけあって、毒なんかありゃしないが。黒い方は落とし子なもんだから、きっちり毒持ちみたいだな。因みに、ゲッカビジンはサボテンの仲間とかで、花言葉は危険な快楽……」
「あなた、今はそんなにディープな解説はいらないわ」
「……」
ウキウキと深〜い「ゲッカビジン」の知識を披露してくださる真祖様を、見事に沈めるリッテル。そんな彼女の鋭いツッコミに、すぐさま黙ると同時に不服そうに頬を膨らませるマモンだけど。……まぁ、この場合はリッテルの反応は正しい気がする。
(しかし、あぁ……そういうこと、かぁ……)
こんな状況だと言うのに、マモンが瞳を輝かせ始めた理由なんて、あまりに分かりきっていること。要するに、強欲の真祖様は「落とし子コンプリート」のチャンスを逃したくないんだろう。
「あなた? まさかとは思うけど。こんな所で植物採取をするつもりじゃないでしょうね?」
「……ちょっとくらい、いいだろ。憧れのローレライ産の落とし子をゲットできる機会なんて、そうそうないんだし……」
だけど、時と場所は選ぼうか? 俺としては、マモンがこのメンバーの中で常識加減や判断力も1番頼りになると思っていたのに。最強の悪魔様も、麗しのお花の前では形なしみたいだな……。
「って、コラ! お前ら、そんな白い目で見るなし! 特に、ミカエリスにまでそんな顔をされる筋合いはねーぞ」
「ですけど、ボス……さっきの浮かれようは、なんと言いますか……」
「テメー……ダンタリオンみたいとか吐かしたら、はっ倒すぞ……?」
「いっ、いえ! そんなつもりは……」
自分の配下であることをいいことに、八つ当たり気味にミカエリスさん相手に凄むマモンだけど。……多分、この場の誰もが「配下のナンバー2にソックリ」だと思ったに違いないんだ。しかしながら、マモンはやっぱり肝心な部分は外さないタイプのようで。ちょっぴり言い訳じみていても、それなりに建設的な対策を提示してくる。
「ハイハイ、もちろん植物採取はついでだ。相手が落とし子だったら、それなりにやりようもあるし……ちょっと待ってろ」
「あぁ、なるへそ。ここはアレで中和させればいいのかぁ。……マモンは伊達に落とし子を集めているわけじゃないね〜」
「そういう事。ったく。俺は意味もなく、はしゃぐお年頃じゃねーっつの」
「しかし、だな……その見た目では、そう思ってしまうのも仕方がないわけで……。うむ、若く見えるのは羨ましい限りだ」
「うるせーよ。ルシファーもそこは放っとけ」
かのプリンセスはルシファーを「天使のおばちゃん」と呼び、片やマモンを「悪魔のお兄ちゃん」と呼んで。……両方とも2500年以上も生きる、各界の大物なはずなんだけど。この呼び名の差を考えても、明らかにマモンはフレッシュで若々しいのは間違いないと思う。だからこそ、ちょっと「ウキウキ」しただけで、更に子供っぽく見えるんだよなぁ。
(とりあえず、末っ子問題は考えないでおくか……)
本人もかなり気にしているみたいだし。
「因みにな、クロゲッカビジンは花粉を飛ばしたついでに毒をばら撒くみたいでな。だから、お前らは角の先からは進まない方がいい」
「だけど、マモン様はいかがされるのですか? いくら、悪魔に毒耐性があるとは言え、毒を受けないわけではないでしょうに」
「ハイハイ、もちろん対策も考えていますよ……っと」
角を曲がったところで、マモンが「キープアウト」を指示してくるが。ルシエルが指摘した通り、毒を受けるのは一緒だろうに……と、考えていたところで、何かを心得たように虎の面に手をやるマモン。そして、顔を半分隠していただけだった仮面をフルフェイス仕様に変化させてみせる。
「……ベルゼブブ。もしかして、お前の仮面もあんな風に形を変えられるのか?」
「うん、変えられるよ。この仮面も一種のお守りだからねぇ。あの形にさえしてしまえば、確かに毒を思いっきり吸い込まなくて済むかも。でも……ちょっと息苦しくなるんだよねぇ」
だから、普段は半分で使っているよ……なんて、軽やかにベルゼブブも応じるけど。彼によれば、お喋りは一応できるみたいだが。仮面をフルフェイスにしてしまうと、なにぶん呼吸がかなり制限されるとかで、魔法詠唱の時に結構辛いらしい。
「さて……と。まずは……おっ! うん、この子株が良さそうかな……」
そんな中、呼吸を制限されているらしいのが嘘のように、独り言を漏らしながら……大振りのナイフを取り出し、マモンが一際太いゲッカビジンとやらの幹から「子株」を切り離す。しかし、そのサイズで「子株」なのか? どう見ても、マモンの顔程はありそうなんだけど……?
「こいつはまた、かなりの上物だな。リッテル、喜べ! こいつを育てれば、今度はフェイスクリームとやらを作れるぞ」
「まぁ、そうなの⁉︎ でも、それ……毒があるのよね?」
「毒があるのは花の部分だけだから、本体は問題ないと思う。ま、その辺は育ててみてからのオタノシミって事で」
仮面がフルフェイス仕様なもんだから、マモンの表情は今ひとつ見えないけれど。……弾んだ声色からしても、真祖様は冗談抜きで楽しんでいらっしゃると見受けられる。しかも、ちゃっかりとリッテルのご機嫌も上向かせてくる、この抜け目のなさと言ったら。
「って、盛り上がるのはこの位にしておいて。……ちょいとばかし残念だけど、残りはしっかりと駆除させていただきましょうかね……っと」
それでもきちんとお役目も忘れていないと見えて、お別れを惜しみながらも彼が呼び出したのは、何かが入った大きな袋。そんな麻布っぽい袋に手を突っ込むと……バラバラっと中に入っていた何かを、壁中を埋め尽くしているゲッカビジン達の足元に向かってばら撒き始める。
「さてさて。ここらでいっちょ、魔界色に染めて差し上げましょうね〜。リッテル、悪い。例の魔法道具、お願いできる?」
「えぇ、もちろん。ここは派手にぶっ放してしまいましょ!」
結局はリッテルもノリノリで何やら、大きなポンプが付いたヘンテコな魔法道具(なのか?)を呼び出す。しかし、あれは……どんな道具なんだろう? しかも、ぶっ放すって……何を? 一体、何をぶっ放す気なんだ? このお2人は⁉︎
「な、なぁ……ルシエル。あの魔法道具、天使様側の秘密道具で合ってる?」
「リッテルが呼び出した時点で、そうなるだろうが……でも、私は知らないな。えぇと……」
「あぁ、あれは聖水砲ですよ、ルシエル様」
「聖水砲?」
「えぇ。神界式聖水器を放射器に仕立てたもので、主に広範囲の浄化や地質改善を目的とした道具だったかと……」
きっと、ロンギヌスが手持ちにあるせいだろう。ルシエルは意外と神界の道具に疎いみたい……かな? そんな彼女の知識を埋めるように、リヴィエルが解説してくれるが。だとすると、この場合は聖水でゲッカビジンを清める……ってことなんだろうか?
「そんじゃ、リッテル。張り切って、行ってみよー!」
「はい! うふふふふ……! 聖水砲……ファイヤー!」
うん? お水なのに、ファイヤーとは……これいかに。しかも、2人で仲良く聖水砲を抱えたと思ったら。冗談抜きでズババババッと豪快な音と一緒に、お水……じゃなくて、湯気をもうもうと上げる熱湯が放出されてるじゃないの。
(熱ッ……⁉︎ た、確かに、これは……)
ファイヤー……かも知れない。
「ふー……これでよし、と。この様子なら、あっという間にそこらじゅうミルナエトロラベンダー尽くしになるだろうさ。もう香りをばらまいている時点で、毒もそんなに気にしなくていいと思う。と、言うことで。駆除も終わったし、先に進むぞ。それにしても……ダイダイホオズキもどっかに咲いてないかなぁ」
なるほど。マモンがさっきばら撒いていたのは、ミルナエトロラベンダーの種だったんだ。で、元は神界原産らしいミルナエトロラベンダーは相性のいい聖水をたっぷり与えられて、一気に生長をしたものと思われる。だけど……。
(植物に対して、熱湯を浴びせるって……どうなんだろうな……?)
これが真祖様流園芸の真髄なのかも知れないが。もう1種類の落とし子ゲットにも燃えている時点で、方向性が危ういのは気のせいだろうか。
花言葉は「危険な快楽」……か。欲望を優先するのも、マモンも突き詰めれば強欲の悪魔だから、という事なのかも知れないけれど。いつの間にかハーフマスクに戻った口元で、満面の笑みを浮かべるマモンのはしゃぎっぷりが、俺にはちょっと不安に映る。




