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教室は真っ暗になり、手係の慎一は例の壁の向こうに設置してある即席の高台に登った。
手は歩いている人に引っかからないよう、高めの位置から出すようにしてあり、本当にただのオブジェクトなのである。
しかし、これに気を取られているときに反対方向から勇気が飛び出すので、慎一も客も気を抜くことはできない。
慎『…最初の客が入ってきたな。』
入口で懐中電灯を渡される手はずの客たちが、最初のビックリポイントで悲鳴を上げていた。
慎『そろそろ……。』
慎一はもう疲れて来た腕で必死においでおいでをしながら、なけなしのリアクションを待つ。
「うわぁ、ビックリした!」
「手だww」
「あれ家で出たら怖えな。」
勇「ウガアアアア――――――――!!!」
「「ウギャアアッ!!!」」
慎『大成功…。』
慎一は、この役も悪くないなと思い出した。
しかし、そう長続きもしなかった。
3組目が通り過ぎる頃には、腕の疲労も手伝って、客のリアクションに感動することなどできなくなっていたのだ。
慎『早く代わりてぇ~~~…。』
慎一は交代の人を呼び寄せるかのようにただおいでおいでを繰り返していた。
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昼休憩になった。
真っ暗だった教室もさすがに電気がつけられ、そこで午前の部だった人たちは弁当を食べる。
慎「つかれた…。もう、すっごい地味~~~~な疲れが溜まりに溜まった…。一生分の何かを呼び寄せたような気がする…。」
勇「お疲れッ!」
木「皆お疲れさま~♪」
慎一の所に勇気と木葉が、何とも生き生きした表情でやってきた。
勇「いやあ~、いいね! 最高だったわ!」
木「ホント、笑いこらえるのに必死だったもん。」
楽しそうに話す2人を、慎一はうらめしやと言わんばかり、恨めしげに見つめる。
勇「慎一も、おいでおいでお疲れさん。」
慎「あぁ。」
それ以上何を言うのももはや面倒くさかった。
と、そこへ咲も戻ってきた。
顔が真っ赤になって、湯気が出ている。
木「咲ちゃん、お疲れ様。」
慎「…緊張した?」
咲はドンヨリした顔で重たげに頷いた。
咲「すっごい……恥ずかしかった………。」
勇「お、お疲れ。」
ちょうどその時、もう1人の誘導係の子が顔を出した。
「咲ちゃんすごい人気だったよ~! 何か咲ちゃんのために何回も来てる人もいたみたいだったし。」
咲「!?」
慎『気付いてなかったのか…。』「まあまあ、午後からは俺らシフト入ってないんだから、今度は客側で色々見て回ろうぜ。」
咲「そ、そうですね。」
咲の表情が少し明るくなる。
しかし、勇気は、
勇「悪いんだけど、俺と木葉はちょっと見たいもんがあってさ。」
ときまり悪そうに言った。
慎「見たいもの?」
木「バンド演奏よ。うちの学校は毎年レベル高いじゃない? 去年も見たけどすごかったし。」
咲『ばんど…?』
慎「なるほどな。咲、どうする?」
咲「あ、えっと、私は他のクラスのお店がどんな風なのか見てみたいんですけど…。」
勇「じゃあ午後からは別行動だな。」
慎「そだな。」
咲『ばんどって何なんだろう…。漢字が全然思い浮かばない。』
方針が決まる頃には、全員弁当を食べ終わっていた。




