10-6
その後。
慎一は夢中で部屋に戻り、既に敷いてあった布団の片方に素早くもぐりこんだ。
高鳴る心臓を抑えるよう努めながら、ひたすら目を閉じて咲に謝った。
慎『ゴメン、咲! 俺は何一つ悪くないような気もするけどとりあえずゴメン!!』
そして、咲が戻ってくる前に、慎一は眠ってしまった。
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翌朝。
慎一が目覚めると、隣で咲が布団をたたんでいた。
むくっと上体を起こすと、咲も慎一が起きたことに気付いた。
咲「あ、おはようございます。」
慎「おはよう。」
咲「よく眠れましたか?」
慎「うん…。」
慎一の頭の中に、昨夜の出来事はまだ甦っていなかった。
咲がいつもと変わらない笑顔だったこともそれを手伝っていた。
咲「さ、早く支度しちゃいましょう。朝のバス逃すと、どこかで鬼灯族の人が乗らない限り夜まで帰ってきませんよ。」
慎「あぁ、分かった。」
慎一も布団をたたみ、帰り支度を始めた。
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2人は身支度を終え、女中さんが持ってきてくれたおにぎりを食べた後、玄関に向かった。
慎『何かこう…もうちょっとゆっくり出発できるモンだと思ってたな…。まぁいいけど。』
玄関まで来ると、悪と殺気が待っていた。
悪「おはよう、深裂、慎一君。」
咲「おはようございます、お父様、お母様。」
慎「おはようございます。」
慎一はふと、殺気が納得いかないような顔をしているのに気付いた。
慎『……?』
悪「大したお構いもできんで、悪かったな。」
慎「あ、いえ、そんなこと。」
次の瞬間には、殺気はまたしとやかな笑顔になっていた。
殺「またいらしてね。深裂をよろしく。」
慎「あ、はい。」『何だ何だ…?』
咲「では、そろそろ時間ですので、失礼します。」
悪「ああ。たまには手紙くらい書けよ。」
慎「お世話になりました。」
悪「うちの娘をよろしくな。」
慎「は、はい。」
咲は一度だけしっかりとお辞儀をし、慎一はペコペコと頭を下げしたあと、2人揃って紅鬼灯邸を後にした。
門番はこの時も泣いていた。
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2人は無言のままバスに乗り、しばらく舗装されていない道に揺られていた。
慎一は単に余韻に浸っていただけだったが、しばらくして咲が慎一に呼びかけたのはそれを共有するためではなかった。
咲「…慎一くん。」
慎「ん?」
咲「昨晩は…ゴメンなさい。ビックリしちゃいましたよね…。」
慎『昨晩……? …あ!』「い、いや、そんなこと…別に気にしてなんか…」
咲「お母様の襲撃。」
慎「え? あ……そっち?」
咲「え?」
慎「あ…ううん、何でも。」『何か最近このパターン多いような…。』
慎一が思い出した気まずさが一瞬緩和されたが、すぐ話は本筋に戻った。
咲「それと…いきなり契りを結んでくださいなんて…。」
慎「うん、それな。」
咲「すいません…。ちょっとお酒入ってて、その勢いもあったし、私もお父様に期待されてたから…。」
咲は泣き出しこそしないものの、沈んだトーンで淡々と続ける。
しかし、慎一は辛気臭いムードが嫌いだった。
慎「そんなの…まぁ、風習も大事かもしれないけど、それをしなかったからって俺が咲を嫌いってわけじゃないんだから。」
咲「はい…。」
慎「むしろ楽しかったよ。咲の生まれ育った場所ってのを肌で感じれて。皆良い人ばっかりだし。鬼灯族に対する恐怖とか今全然無いもん。」
咲「ほ、ホントですか?」
慎「ああ。」
咲はそこでやっと笑った。
慎一もそれで安心し、微笑んだ時だった。
道「……深裂ちゃん、ボーイフレンドに迫ったのかい? 風習とはいえやるね~~♪」
慎・咲『え? ……!!!』
2人は、そこでやっと、運転手が他の誰でもない鬼灯族の道光であることを思い出した。
咲「うわああ、ちが…ちがちが違うんです!! 契りを結ぶってのはだから…」
道「隠さなくても分かるって! そうか~、深裂ちゃん、なかなか大胆な子だったんだな~。」
咲「ち―――が―――う―――ん―――で―――す―――!!!」
咲は慌てすぎて道光の所まで行ってその口をふさごうとしたが、立ち上がろうとしてシートベルトにそれをはばまれた。
道「はっはっは! 若いっていいなー!」
咲「ぅ、うるさ―――――――い!!!」
慎一は茶化されている側なのに、咲の反応が面白くて道光と一緒になって笑っていた。
バスはガタガタと、少しスピードを出して青空の下を進んでいった。
第10話 完




