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慎「……え~と、何を結ぶって?」
咲「契りです。」
慎「それは結婚するっていうこと?」
咲「というよりは…その……。」
慎「察した。もういい。」
咲が慎一の手を離した後、2人は向き合わずにそれぞれ正面を向いて、もじもじしながら小さい声で話していた。
慎「風習だっつってたな。」
咲「あ、はい。"御三家では、次期家長となる者の婿または嫁候補が初めて訪れた夜のうちに契りを交わす"のが風習でして。」
慎「そうなんだ…。」
無論、慎一にそんな勇気はない。
慎『いやいや、いくら何でも早すぎるだろ…!? 今年だぞ? 今年の4月に俺ら出会って、付き合いだしたんだぞ? それで今これ?? 早いって…。』
慎一が、どうやって断ろうかとアレコレ考えている間の沈黙が随分長かった。
しかし、慎一が答えを出す前に咲が聞いてきた。
咲「…私じゃダメですか?」
慎「う゜…。」
慎一は、今咲を見てはいけないような気がした。
今咲の沈んだ顔を見たら、必ず同情心で首を縦に振ってしまう。
しかし、今回はそんな簡単に了解できる類のものではない。
慎「…何て言うか、咲が嫌なわけじゃないんだ。ただ、その…契りを交わす?ってのは人間界では非常なオオゴトであって…」
咲「そんなの鬼灯族でだって同じです!」
咲は、今度は慎一の両肩をいきなり掴んできた。
それで再び向き合った時、慎一は咲の潤んだ両目をじかに見てしまい、また座ったまま立ちくらみを起こした。
咲「お願いします…。契りを結んでください。」
慎一は何も言えない。
断ろうとする理性と、受け入れようとする本能の闘争が慎一を混乱に陥れていた。
慎「…………わ―――」
その時、間近になっていた2人の顔の間を何かがサッと通過した。
2人ともハッとして慎一の左の岩を見ると、まるで戦闘用と言わんばかりの形の刃物が刺さっている。
慎『え…!?』
咲「このナイフは……お母様!?」
慎一は再びハッとして、咲が気を取られている間に立ち上がり、お湯の中を大股でザッパザッパと走って急いで脱衣場へ向かった。
咲「あ、慎一くん! 待って!」
慎『ゴメン、咲…! でもまだ俺には……』
慎一は脱衣場の扉を後ろ手でピシャッと閉めた。




