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ほどなくして、大勢の女中さんがやってきて会場の全員に次々と豪華な料理を配膳した。
きのこや山菜に、咲によれば鹿肉の料理など、山の幸一色だった。
慎一がそれに舌鼓を打っていると、半分ほど食べたところで咲が声をかけてきた。
咲「慎一くん。」
慎「ん?」
咲「蒼鬼灯家と碧鬼灯家の方々に挨拶に回りましょう。」
慎「…あ、紅鬼灯以外の御三家の……。分かった。」
食べかけの料理を惜しみながら、2人して席を立ち、また慎一は咲の後についていった。
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広い会場で、御三家は北東西の壁の中心に、壁を背にして陣取っていたので、よく目立つ。
北に陣取る紅鬼灯家の位置からしばらく壁伝いに歩いて、最初に2人が来たのは蒼鬼灯家の前だった。
豪胆そうな主人に、物静かそうな奥さん、あとはお抱えらしい青い服の女中さんだった。
咲「こんばんは、李牙留さん。」
咲が挨拶すると、李牙留というらしい主人がこちらを見た。
李「おお、深裂ちゃん、久しぶりだな! 元気してたか!?」
豪快に笑いながら話す様子は、ものすごく明るい印象を与えた。
咲「はい、おかげさまで。」
李「この青年が深裂ちゃんの許嫁候補か。」
慎「あ、は、初めまして、東 慎一と申します。」
たどたどしく挨拶する慎一を、李牙留はしばし眺めた。
李「いやあ、嬉しいね。人間が我々を理解してくれるなんてな! よろしく!」
慎「は、はい、こちらこそ。」
李「そうそう、こっちは俺の家内の茵だ。」
と示された方を見ると、茵はこっちをまるで無視して、黙って料理を口に運んでいる。
李「茵、挨拶しなさい。」
そう言われると、茵は慎一を一瞥し、また別の方を見ながら会釈だけした。
慎『…り、リゲルさんとは大違いだな…。親子かよ…。』
李「悪ィな、人付き合いがあんま得意じゃねぇんだ。勘弁してやってくれ。」
やっぱり李牙留はガハハハと笑いながら言った。
その背後で、茵が鬼のような目で李牙留を睨んでいたことに気付いたのは慎一だけで、慎一は1人肝を冷やした。
咲「今日は焔君、いないんですね。」
慎『めら?』
李「ああ、あのバカ息子は許嫁も見つけんと遊び呆けてるみてぇでな。今日もこんぱ? があるとか言って来やしない。…ま、それだけ人間とよくやってるってことだろうな。」
慎『コンパて……。』
一瞬間が空いたのを見計らい、咲が言った。
咲「では、私たちはこれで失礼いたします。」
李「ああ。じゃあな!」
慎一はペコペコと会釈しながら、咲の後についてその場を離れた。
反対側の碧鬼灯家の所に着くまでに、慎一が聞いた。
慎「咲以外にもいるんだな。人間社会で暮らしてる人。」
咲「といっても、私の他は焔君だけですけどね。焔君は2つ上で、今は…大学? に通ってるとか。」
慎「まぁコンパやるならそんなもんか。」
咲「ちなみにこんぱって何なんですか?」
慎「何つーのかな…、飲み会? 皆でお酒飲んでワイワイ騒ぐような感じの。」
そこでいきなり咲が目を輝かせた。
咲「そんないいものがあるんですか!?」
慎「え、うん。」
咲「うわあ―――、いいなあ、焔君いいなあ――――――!」
慎『そんなにか…。』
咲「あ、ちなみに。」
はしゃいでいたのがいきなりピタッと止んだ。
慎「何?」
咲「李牙留さん、ホントはあんなに豪快な人じゃないんですよ。すごく緊張しいで。」
慎「…ん? どういうこと?」
咲「何か、炭酸水を飲むとああいうテンションでいられるらしいんですよ。ゲップ出るまでは。って、あのテンションの本人から聞きました。」
慎「へ、へえ~~~、変わってんな。」
咲「茵さんはずっとあんな感じですけどね。」
笑顔で語る咲を見ると、やはり帰ってこられたことが嬉しいのだろう。
そう思うと、色々な人たちがいて、その誰もが咲の知り合いであるというかつてない状況も楽しめた。
慎『次はどんな人たちかな?』
?「あ―――――――――――――! サキ姉ちゃんだ!!」
聞き覚えのある元気な声の方を見ると、碧鬼灯家らしい集団の中で、歌琴がはしゃいでいた。




