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10-1

2人で長い廊下を歩いていく。


しばらくして、旅館の宴会場のようにふすまが並んだ場所に着くと、咲は一番近くにあったふすまを躊躇なく開けた。


廊下からも聞こえていたその部屋の喧騒は、咲がふすまを開けた途端倍になった。



咲「慎一くん、どうぞ。」


慎「は、はい。」


落ち着いて入る咲の後を、慎一は固まったままついていった。


かなりの人が集まっていて、慎一は目のやり場が分からず、ずっとうつむいていた。



咲が立ち止まったのでハッとして顔を上げると、目の前に咲の父親、悪が座っていた。



悪は慎一の顔を見るなり立ち上がり、騒いでいる人たちに向かって大きな声を上げた。






悪「全員注目!!!」






その声量だけで慎一はまたもビビった。


しかし、静まった会場で次に聞こえた悪の声は落ち着いていた。













悪「本日の主役、我が愛娘、深裂の許嫁候補、人間の東 慎一だ。」












会場いっぱいに歓声が上がった。



慎一はただただテンパって、とりあえずペコペコと会釈するばかり。


この状況で咲は大丈夫なんだろうかと見てみると、意外にも咲は落ち着いた表情で人々に会釈していた。



慎『…そうか。人間の街じゃ緊張しっぱなしだったけど、ここじゃ見知った人ばっかりだもんな。こういう感じだったのか…。』



慎一が納得していると、女中さんらしい女の人におちょこを渡され、そこに酒らしい液体をつがれた。


咲も同じようにされているが、当然慎一は酒など飲めない。


慎「あ、あの…」


悪「全員杯を持て――――――!!!」


その声量でまた慎一はビクッとしてしまった。



そして、悪がまた声を出す。










悪「我々の初めての理解者の訪問に、かんぱ――――い!!!」










言いそびれたまま、慎一はおちょこを仕方なく遠慮がちに掲げた。



何だかもう後戻りできないような気がひしひしとしていた。














――――――――――――――――――――――――――












しばらく、慎一は大人しく周りの盛り上がりに身を任せていた。


広い会場で、人々の前に、紅鬼灯家という何だかすごい人たちと並んで座る場違い感を噛み締める。


しかし、酒は"人間の文化で"まだ飲めないと言うとあっさり納得してもらえ、むしろ他文化に接したことが嬉しかったのか、女中さんはニヤニヤしながらお茶を持ってきてくれた。



咲は飲んではいるが、あの時のように暴走することはなく、おちょこでチビチビとなめるように飲むに留めていた。


とはいえ、顔はもうほんのり赤くなっている。



村の人たちは紅鬼灯家の箱入り娘の婿候補とはどんななのか、そしてそれ以前に、自分たちを理解してくれた人間とはどんななのかに興味津々で前にやってくる。


会場がひたすら広いため、いつしかその人波は自然に整理され、咲と慎一の握手会のようになっていた。




慎一は多くの人と一言二言挨拶を交わし、ますます鬼灯族の人と人間は外見上全然変わらないと確信していった。


皆明るい笑顔で慎一を迎え入れる言葉を贈ってくれる。


それが嬉しくて、慎一はもう緊張や恐怖は忘れていた。



慎『もし俺が咲と結婚したら、こんな温かい人たちの住む村で暮らせるのか…。』




徐々に人波も落ち着きを見せ始め、慎一がふぅと一息ついたところで、咲が慎一を呼んだ。



咲「慎一くん。」


慎「ん?」


咲「お父様が。」


と示された方を見ると、咲の向こうで悪が慎一を見ていた。



慎一は何だろうと思いつつ、多少の緊張を伴って悪の所へ来た。


慎「何でしょうか?」


悪「最初に紹介できなかった、私の家内の紅鬼灯(べにほおずき) 殺気(さつき)だ。」


見ると、悪の隣、慎一が座っていた方とは反対の側に、咲と同じような真っ赤な着物をもう少し豪華にしたものを着た、綺麗な女性が座っていた。



慎「あ、は、初めまして。」


途端に爆発した緊張で息が詰まりそうになりながら、慎一は慌てて挨拶した。


殺気はそんな慎一とは対照的に、上品な仕草で慎一に頭を下げた。


殺「お初にお目にかかります、紅鬼灯 殺気と申します。よろしくお願いいたします。」


慎「あ、いえ、こちらこそ。」


その清楚さで、慎一の緊張は性質を変え、慎一はキョドリながら自分の席へ戻った。




慎「咲の母さん、すげえ美人だな。」



慎一は何とかして緊張を紛らそうと咲に話しかけたが、咲の表情は深刻になっていた。


そして、廊下で話した時のような低い声で言った。



咲「…慎一くん、お母様は人間をよく思っていないことを忘れないでくださいね。油断したら―――」



咲はそれ以上は言わず、向き直っておちょこの酒をあおった。


慎一はそれを思い出したものの、あんなおしとやかな人がそんな気性の荒い人とは信じられず、半分聞き流していた。




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