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咲の部屋は、かなり広いだけのシンプルな和室だった。
縁側への障子が開け放たれ、美しい日本庭園が垣間見える。
慎一は何か分からない本がたくさんあったりするのではと思っていたが、よく考えれば漢字が全然わからない咲の部屋でそれはない。
とにかく広いだけで何にもないのである。
慎「スゲェ何か…シンプルな部屋だな。」
咲「私普段はあんまり部屋にいなくて、寝るだけの部屋なので。」
よく見ると、隅にたたまれた布団が"2組"置いてある。
慎「…ん? え、俺もこの部屋で寝んの?」
咲「? そうですよ。他に無いじゃないですか。」
慎「マジかよ……。」
咲「え…、もしかして…イヤ―――」
慎「ああ―――――――――違う違う!! イヤじゃないよ! ちょっと恥ずかしいなってだけで全然イヤなんかじゃないんだよ~~~!!!」
咲「あ、何だ、良かった…。」
何もない部屋で、気まずさだけが2人を取り巻いていた。
―――――――――――――――――――――――――
その後、咲の提案で少し村を散歩することになった。
また大きな門をくぐり、しばらくのどかとしか言いようのない道を2人で歩く。
咲「お父様、喜んでましたよ。」
慎「え?」
唐突に咲が切り出した。
咲「"やっとこの村にも、鬼灯族を理解してくれる人間が来てくれた"って。」
慎「……。」
慎一は何となく気恥ずかしくて黙っていた。
咲「お父様、人間と本当に共存したくて、たびたびあった会員の襲撃も、その会員すらなるべく傷つけないようにやり過ごしてきたんですって。」
慎「…すげぇな。俺だったらムカついて全力で撃退しちまいそうだわ。」
咲「お母様は来る者皆返り討ちにしてたみたいですけどね。」
慎「!?」
咲「そんなだから、お父様は村の皆に"無欠の兄さん"って呼ばれてる一方で、お母様は"殺しの姐さん"なんて呼ばれちゃって。」
慎「殺し……!??」
あきれ笑いをする咲の横で、慎一は汗をダラダラ流しながら愛想笑いを浮かべていた。
慎「はは…。」『その"殺しの姐さん"は今俺を狙ってんのかよ…!』
?「あ、いた―――――――!!」
慎一は背後から聞こえてきた声でビクッとなった。
しかし、直後に咲は懐かしい人に会った時の驚きを口にしていた。
咲「ソウちゃんにキンちゃんじゃない! 元気してた?」
慎一が恐る恐る振り返ると、そこにいたのは2人のまだ小さい女の子だった。
2人とも、他の村人とは少し違う、緑色が映える着物を着ている。
髪の右側を小さく束ねたタレ目の方が口を開いた。
?「サキ姉ちゃん、この人誰?」
咲「あ、私の許嫁候補の人間の、東 慎一くんよ。」
途端にタレ目の方が大はしゃぎし出し、髪の左側を小さく束ねたツリ目の方も、静かに表情が驚いていた。
咲「慎一くん、この子たちは鬼灯御三家のひとつ、碧鬼灯家の末裔の、歌箏ちゃんと、歌琴ちゃん。双子なのよ。」
慎「ん? 2人とも同じ名前…?」
琴「違う! ウチとお姉ェは"ごと"の字が違うの! ウチは"きん"って読むからキンちゃん! お姉ェは"そう"って読むからソウちゃん!」
慎一はしばらく考えた後、ようやく言っていることが分かった。
慎「ああ、なるほどな、キンちゃんに、ソウちゃんか。よろしくな。」
琴「よろしくな、しんいち!」
慎一はいちいち元気な歌琴に毒気を抜かれ、少し和んでいた。
と、歌箏が気難しい表情をしているのに気付いた。
咲「あ、ソウちゃんはちょっと人見知りなトコあって、緊張してるかも。」
慎「あ、そっか…。よろしくな、ソウちゃん。」
歌箏は気難しい表情のまま、プイッと踵を返し、走っていってしまった。
琴「あ、お姉ェ! ちゃんとあいさつしなきゃいけないんだぞ!」
歌箏の後を追いかけ、歌琴も行ってしまった。
取り残された慎一は、しかし何だかようやくちゃんと鬼灯族の人と触れ合えたようで嬉しくなっていた。
同時に、ひたすら元気な歌琴に少し励まされてもいた。
慎「あの子たちも御三家とか言うのの末裔かぁ。元気だな。もうちょい話したかったよ。」
咲「大丈夫ですよ。またすぐ会えますから。」
慎「? …そっか。」
まぁそれほど大きな村でもないし、すぐ再会してもおかしくはないだろう。
慎一が自己解決したころ、2人はまた歩き出した。




