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村に着いた。
散々山の中をガタガタという揺れと共に進んでいき、咲もさすがに少し酔い始めた頃だった。
少し高い道に出ると、眼下にのどかな村の風景が広がっていた。
慎『ここが咲の故郷か…。』
咲「ここが私の故郷、鬼灯村です。」
慎「う、うん。」
慎一は思っていたことと咲に言われたことが被って人知れず変な違和感を抱いていた。
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子A「あ、深裂さんだ!」
子B「ホントだ! 深裂さんが帰ってきた!!」
村に下り、バスを降りた慎一は驚きを隠しきれなかった。
その辺の道で遊んでいた子供たちが、咲を見た瞬間、目を輝かせて深裂さん深裂さんと駆け寄ってくるのである。
咲もそれを笑顔で迎え入れ、N○Kの「お○あさんといっしょ」のような状況すら作りだしていた。
そして当然、咲の所に集まってくる子供たちはほどなくして慎一に気付く。
子C「深裂さん、この人誰?」
咲「ふふふ、実はね…。」
咲が恥ずかしがってモタモタしていると、いかにも横着そうな男の子が声高に叫んだ。
子D「あ、分かった! 深裂さんの結婚相手でしょ!!」
おませな子供たちは大はしゃぎである。
咲も嬉し恥ずかしで全く否定しないし、慎一も恥ずかしいやら初対面の子供たちにどう接していいやらでやはり言葉が見つからない。
何とか子供たちの猛攻をくぐり抜け、咲たちを次に迎えるのは地元の大人や老人たちになった。
男A「おお、深裂ちゃん、久しぶりだな!」
咲「玄詩さん、お久しぶりです。」
女A「まぁ深裂ちゃん! 久しぶりねぇ!」
咲「あ、陽さん、お久しぶりです。」
老若男女はしばらく咲との再会の喜びを分かち合った後、やはり慎一に気付いた。
男B「…この青年はまさか、深裂ちゃんの彼氏さんかい?」
咲「…はい。」
やはり咲は顔を赤らめつつ、先ほどに比べれば随分柔らかい攻めにゆっくりと返事をした。
老若男女は子供達より大人なウェルカムムードで歓喜した。
女B「まああ! じゃああなた人間なのね!? 嬉しいわ~!」
男C「ははは、この村怖ぇだろ、そこらじゅう人喰いなんだからな。」
女C「アンタ! そんなこと言うんじゃないの!!」
男C「んだよ、ちょっとしたジョークだろ?」
慎一は男Cのブラックなジョークで、不覚にも笑ってしまっていた。
そこにいた人たちの雰囲気があまりにも人間のそれと変わらなかったからだ。
男Cが口にした恐怖も、その時ほとんど残ってはいなかった。
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そうこうしているうちに、2人は大きな木の門の前に立っていた。
咲「ここが私の実家です。」
慎「お、おう…。デケェ……。」
高い木製の塀と門で家の様子が全然わからないが、門の横には確かに「紅鬼灯」という立派な表札がかかっている。
咲は門横の小窓をコンコンと叩いた。
そこが開くと、中にいた守衛らしき若い男が咲を見るなり驚いて涙を流し始めた。
慎「!?」
男「ああ、深裂様、お帰りなさいませ。」
突然咲は少し低めの落ち着いた声で話し始めた。
咲「ただいま戻りました。私の許嫁候補の人間も一緒です。門を開けて、お父様にお伝えください。」
男「はい!」
男は壁のスイッチを押すとすぐに何処かへ走っていった。
と、門はゆっくりと開いていき、その奥に紅鬼灯邸の立派な様相が垣間見えてきた。
慎『…こ、ここが咲の実家…か。』
咲に導かれて、慎一はおずおずとその門をくぐった。
純和風の立派な屋敷がそこにあった。




