9-2
そんなこんなで帰省当日。
2人は電車を何度か乗り換えた後、バスに乗った。
この時点ですでに風景は完全に都会のやかましさを離れ、のどかな田舎の風景へと変貌していた。
バスにもほとんど人は乗っていない。
慎「朝7時に出発してもう9時…。やっぱり遠いな。」
咲「まだ折り返し地点ですよ? このバスが終点に着いたら、そこから何分かまた歩いて次のバスに乗って、それも終点まで乗りますから。」
慎「うへ~~~…。……ていうか、咲酔いは大丈夫なの?」
咲「はい。修学旅行のときに木葉さんに教えてもらった酔い止めがすごい効いてて、何ともないです。初めて乗った時はすごい酔ったのでホントに助かります。」
慎「へ~。」
その後、バスが終点に着くまで、慎一も咲も風景を眺めていたので、会話は途絶えていた。
バスを降りて歩き始めても、今度は襲い来る真夏の日差しにやられ、会話をする気力を歩く気力にして何とかもっていたので、やはり会話はなかった。
1時間ほど話もせずにひたすら歩き続け、ようやく次のバス停に着いた。
屋根つきのベンチに急いで座り、やっと日差しから逃れた安心で2人同時に大きくため息をついた。
慎「あっちぃ~~~~~~~~~~~~~……」
咲「ホントに蒸しますね…。」
慎「お茶飲も…。咲もこまめに水分補給しろよ。熱中症になるぞ。」
咲「? 何に熱中するん―――」
慎「体温上がりすぎて死ぬかもしれねぇぞ。」
咲「あ、はい。」
慎一と咲がお茶を飲みつつ、セミの鳴き声にようやく意識を傾けかけたとき、バスが来た。
咲「あ、来ましたよ。」
慎「あぁ。」
2人がバスに乗ると、適度な冷房が何とも快適だった。
――――――――――――――――――――――
―――ぎは、終点、折四、折四です。
慎「…ん?」
慎一はふと車内アナウンスで目を開けた。
いつの間にか眠っていたらしい。
しかし、薄い意識の中で確かに「次は終点」という言葉を聞き取っていたので、横でやはり寝ていた咲を起こした。
慎「おい、咲。起きろ。次終点だぞ。」
咲「ん……? 慎一さん、何ですか?」
慎「次終点だから起きとけよって。」
咲「あ、大丈夫ですよ。」
慎「何が大丈夫なんだよ。」
慎一はまた咲が寝ぼけていると思い、苦笑した。
しかし、咲は車内を見回して他に誰も乗っていないのを確認すると、運転手に声をかけた。
咲「お久しぶりです、道光さん。」
慎『え、知り合い!?』
道「久しぶりだな、深裂ちゃん。半年振りぐらいか?」
慎『あ、そっか、咲の本名って…え~と、何とか鬼灯、岬だっけ。』
道光というらしい運転手も、気のいいおじさんの声で咲の呼びかけに答える。
咲「そうですね。4月にこれ乗って以来なので。」
道「懐かしい来客ってなぁ嬉しいねぇ。…ときに深裂ちゃん、その男の子は?」
ここで咲はちょっと頬を赤らめ、はにかみながら元気に言った。
咲「私の許婚候補です!」
慎「いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!!!????」
慎「……なずけって何!? もうそんなトコまで話進んでんのかよ!!?」
慎一は焦りと照れで咲よりも顔を真っ赤にしていた。
咲は咲で、2人の間に思い違いがあったので焦っている。
と、道光のガハハハという豪快な笑い声が響いた。
道「つまり、深裂ちゃんのボーイフレンドってわけだ!」
咲「暴威…?」
慎「…あの、道光さんでしたっけ?」
道「ん?」
慎「その言い方も恥ずかしいんですけど…。ていうか、道光さんって鬼灯族の方なんですか?」
道「おうよ。嬉しいねぇ、人間にも鬼灯族を理解してくれる人がいるなんてな。」
咲は笑った。
きっと自分が初めてなんだろうなと考えると、慎一は変な気持ちになった。
慎「……ん?」
慎一の視界の端に、通り過ぎていくバス停が見えた。
慎「あ!! 道光さん! 終点終点!! 通り過ぎちゃいましたよ!!」
道「問題ねぇよ。このまま鬼灯村まで行くからな。」
慎「は?」
道「あ、このバスは道光さんみたいに鬼灯族の人が運転してて、鬼灯族のお客さんがいると、他の客が全員降りた後に鬼灯族の人間だけで鬼灯村に向かうんです。」
慎「へ…へえ~。」
既に奇妙な異文化交流が始まっていることに、慎一はうすうす気付いていた。




