9-1
夏休みのある朝、慎一の家に1通の手紙が来ていた。
それはそれは丁寧な字で、しかも恐らく筆で書いたらしいその手紙は咲からのものだった。
朝新聞を取る時に慎一自身が気付いたので、家族に詮索されることもなく、慎一はその内容を読んだ。
慎一くんへ。いかがお過ごしですか。
さて、今回お手紙を差し上げたのは他でもありません。
実は、私は今週末に実家に帰ります。
それに際し、お父様が是非慎一くんに会いたいと申しております。
お父様は人間に非常に友好的で、人間との共存を目指そうとした第一人者もお父様です。
また、一族の長でもあります。
なので慎一くんが襲われるようなことは決してありません。
誰かが禁断症状を起こして襲い掛かろうとしたとしても、お父様が守ってくれます。
私のような鬼灯族を認めてくれる人間の存在は、共存に大きな力になると思っています。
それでは、良いお返事をお待ちしております。
慎『…………そうか、アイツ携帯持ってねえもんな。』
慎一は咲の家に行くことにした。
徒歩で行ける距離なのにわざわざ手紙で連絡を取る意味はないと思ったからだ。
ついでに、慎一はようやく"鬼灯族"に正しい漢字を当てられるようになった。
かしこさが30あがった。
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咲「あ、こんにちは。」
慎「おす。手紙見たよ。」
咲「あ、それでわざわざ…すいません。」
慎「いや、手紙書く方がめんどくさいしな、俺には。」
咲「あ、ここだと暑いし、とにかく上がってください。」
慎「うん。」
咲が突然の訪問に驚いた以外、最初にあったようなたどたどしさはなかった。
慎一が部屋に上がると、扇風機が回って窓が開いているだけで、クーラーはなかった。
慎『やっぱりか。』
慎一は持ってきたうちわで自分をあおぎながら、台所で何かやっている咲を待った。
そのうち咲が麦茶を持ってくると、割と遠慮せずに一気飲みし、本題に入った。
慎「…で、手紙の件なんだけど。」
咲「来てくれませんか? 山奥で行くのは大変ですけど、お父様が本当に会いたがっているんです。」
ここに来ても、慎一は迷っていた。
咲の親に挨拶しておきたいのはやまやまなのだが、その実家にいるのは"お父様"だけではない。
全員が、言ってしまえば喰人鬼と化す恐れがある、そういう場所に、慎一は乗り込もうとしているのである。
咲「周りの者が暴走しても、お父様が言えば襲われることは絶対にありませんから!」
慎『って言ってもなぁ…。"お父様"も暴走するかもしれんし…。咲は良いヤツだし、鬼灯族も否定しやしないけど、やっぱり怖いなぁ……。』
慎一はしばらく腕組みしてうんうん唸っていたが、ふと見えた咲の表情が不安げだったせいか、口が勝手に動いた。
慎「分かった。」
咲「わ! ありがとうございます! お父様もきっと喜びます!!」
慎『この笑顔裏切れないなぁ……。』
慎一はもう取り返しのつかない所に来てしまったことを思い、そっと頬をひきつらせた。




