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空港へ向かうバスの中、朝飲んだ酔い止めもしっかり効いて、咲は静かに眠っている。
慎一はしかし、全く眠くなかったので、咲の顔を見ながら修学旅行の思い出を回想し、幸せに浸っていた。
前に座っている勇気と木葉も寝ているらしく、慎一はいよいよそれしかやることがない。
他の生徒も似たようなものだった。
バスの中は嫌に静かだった。
慎『…咲が来なかったら、俺が窓側に座ってたんだろうか。考えらんねーな。』
今更湧き上がる、咲がいる喜びと、咲への感謝。
それで嬉しくなって、1人でまたにやけを抑えられなくなった。
ただ1つ残る懸念は、未だに学級内に潜む会員が誰なのか特定できていないこと。
しかしそれも、このクラス内にはいない確信と慎一自身の疲れが、考えるのを後回しにさせた。
しばらくして、バスは空港に着いた。
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木「…咲ちゃん? 着いたよ?」
飛行機で無事に帰り着いた後、木葉が咲のところに来ると、咲は両耳を塞いで苦悶の表情を浮かべていた。
咲「…み…みみみ…耳が……バキバキいって…パンパン鳴って………」
木「あはは、北海道着いた時も同じこと言ってたね。」
咲「そうでした…。この痛みに襲われるのをすっかり忘れてて………。」
木「大丈夫、耳抜きすれば…」
咲「鼻でフンは絶対にヤです!!」
咲は最後の最後まで諦めずに助けを乞う死刑囚のような、追い詰められた表情で木葉に詰め寄った。
木「な…なら我慢するしかないんじゃない?」
咲「………そうします。」
木「…降りよっか。」
何故か2人して少しシュンとしながら飛行機を降りた。
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咲と木葉は、その後すぐに慎一と勇気に合流し、解散後、しばらくは同じ電車に乗っていたのだが、途中で勇気と木葉が降り、4人は別れた。
隣り合って座る慎一と咲の間に会話はない。
それでも気まずくならないのは、互いに疲れているのが分かっているからというだけではなかった。
夕焼けに染まる車内に、2人以外の人影はまばらで、しかもそのどれもが、携帯を打っていたり、寝ていたりしてうつむいている。
慎一は妙に切なくなってきた。
しばらくして2人とも電車を降り、家路を歩き始めてからも無言だった。
慎『明日振替休日で良かった…。』
修学旅行1日目は日曜日だったので、明日がその振替休日になっている。
慎一はもう、何もせずひたすら寝ようと心に決めていた。
そうして2人は黙ったまま、咲のアパートに着いた。
慎「じゃあな。明日はゆっくり休めよ。」
咲「はい、さようなら。」
咲は他人行儀の残るお辞儀をしてすぐ、「あっ」と声を漏らし、カバンを探りながら慎一を呼び止めた。
咲「これ、お土産です。」
咲は紙の包みを差し出しながらはにかんだ。
慎『お土産って…俺も行ったんだけどな。』
慎一は苦笑しながら言う。
慎「ありがとう。これ何?」
咲「小樽で買ったグラスです。私も同じやつ買ったので、お揃いです。」
咲はあくまではにかみながら言い、慎一も不意の"お揃い"という言葉に急に恥ずかしくなった。
慎「あ…あぁ…、ありがとう…。」
咲「それじゃあ、失礼します。」
咲の少し急ぎ足で帰っていく様子が、咲の気恥ずかしさを具現しているのに、慎一は気付かなかった。
慎『……お揃い……か。』
慎一は紙包みをしばらく眺めてから大事にカバンにしまい、歩き出した。
足が少し軽くなったように感じた。
第6話 完




