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その後、「よく考えたら自分たちが座る場所分からないし、狙って毒盛るのは不可能」と木葉が言い、慎一が咲のも併せて毒見をしたが、異常はなかった。
その後も4人揃って慎重に食事を進めたが、途中から安心して普通のスピードを取り戻していた。
食事が終わると、休憩を挟んで入浴の時間になった。
その間も、周囲に対する警戒は怠らない。
―――のは、咲以外の面々だけだった。
木葉と咲は一緒に脱衣所に来たが、咲は自分を取り巻く人間のにおいに、夕食直後だというのによだれが止まらない。
木「咲ちゃん、様子がおかしい人とかいた?」
咲「じゅる……いえ、ていうか…、早くここを離れないと…じゅる…禁断症状が……」
木『咲ちゃんが一番様子おかしい…。』「禁断…? ……!?」
ようやく木葉は迫り来る地獄を理解し、咲の手を引っ張って風呂へ向かった。
あまり長居すれば、咲がクラスメイトに牙を剥きかねない。
木葉はまだ咲が誰かに咬みついたのを見たことはなかったが、温泉が血に染まる光景は何故か容易に思い浮かんでくる。
2人は足を滑らせないように注意しながら風呂場へ駆け込んだ。
その数秒後、悲鳴がこだましたのは咲が本性を表したせいではない。
2人が風呂に入るのを急ぎすぎて、抵抗なく熱い湯に体を肩まで沈めたせいであった。
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慎「咲、大丈夫かな…。」
勇「まぁ心配なのは分かるけどさ、木葉もいるし、あれだけの人数の中じゃさすがに手ェ出せねぇと思うぞ。」
今慎一が心配しているのは生徒の中にいる会員の存在ではない。
咲が濃厚な人間臭に触発されて、クラスメイトにかぶりつく危険の方である。
あまりそっちが心配なもので、会員の脅威もちょっと忘れかけていた。
慎『そうだ、会員もいるんだったな。まぁ勇気の言う通り、そっちは心配ないと思う。あとは咲がちゃんと我慢してくれるかどうか……。』
慎一は体を洗い終えると、さっさと浴槽に向かった。
勇「あ、ちょっと待てって!」
勇気も慌てて泡を洗い流し、慎一を追う。
2人は浴槽のふちに腰かけ、足だけ湯につかった。
慎一は、もう耐えられなくなって勇気に自分の不安を漏らし始めた。
慎「会員はお前の言った通り、大丈夫だとしてもさ、咲が他の子に咬みつかないかが心配なんだよ。」
勇「…あぁ~、なるほどね。」
勇気は大げさに頷きながら納得を口に出す。
それが何だか、慎一の目には事態を軽く見ているように映り、少しイラッとしながら浴槽内の段差に腰を下ろして腹まで湯につかった。
それを見た勇気も慎一に高さを合わせる。
勇「…今日楽しかったな。」
慎『何だ? 藪から棒に…。』
こんな状況で今日の思い出を振り返れる勇気の図太さが、慎一には不快だった。
しかし、否定するわけにもいかない。
慎「そうだな…。」
勇「南さんが飛行機とかバスめっちゃ弱かったり、山から見た景色がスゲェ綺麗だったりさ。」
慎「……ああ。」
勇気が羅列した出来事を慎一も回想すると、色んな表情の咲がいた。
苦しそうだったり、笑っていたり、感動していたり。
何処にも人喰いに似合う表情の咲はいない。
慎一が小さく息を吐くと、勇気が慎一の顔を見て言った。
勇「南さんのこと、もう少し信じてやってもいいんじゃねえか? 今日だってスゲェ楽しんでたと思うし、いくらそういう体質って言っても、思い出を自分で台無しにしたりはしねぇよ。」
慎一は勇気から目を逸らし、黙って肩まで湯につかった。
慎『…そうだな。俺が信じてれば踏みとどまれるって信じるしかないか。俺が信じなかったから咲が踏みとどまれなかったなんてことにはなりたくないし。』
勇気が肩までつかるのと同時に慎一は立ち上がり、別の浴槽に向かった。
後ろから勇気が慌ててついてきたのは声で分かった。




