5-4
咲「ハァ…、ハァ……、」
慎「咲大丈夫か?」
咲「だ…大……丈夫…です……。」
慎「大丈夫なヤツはそんな喋り方しねぇぞ…。」
現在、慎一たちは初日最後の行程として、無珠山を散策中。
山とはいえ、木が生い茂っていたりはせず、開放的な散策ルートを辿るだけである。
しかし、酔いに酔いを重ねた咲は、その道すらもうフラフラの足取りだった。
荒い息づかいも、息が上がっているのではなく、ひたすら吐きそうなのである。
咲『うぐぅ~…ツラい…、何でこんな状態でこんなトコ歩かなきゃ……。』
ついに涙が出てきた咲は、真っ青な顔をうつむき加減で歩き続けた。
その横で、慎一はただ不憫に思うだけである。
ちなみに勇気と木葉は慎一たちの少し前方を、2人仲良く歩いていたため、咲が土気色の顔をしていることなど知る由もなかった。
咲「……?」
不意に咲は、右足に後ろから何か当たったような感じがして振り返った。
しかし、延々と続く後続の列以外のものは見えず、その列にも変わった様子はない。
慎「どうかした?」
咲「あ、いえ、別に何も……」『うっ、振り返ってまた前を向くこの1往復がキツい…!』
咲が顔を歪めた時、また何か―――小石のようなもの―――が右足に当たるのを感じた。
だがこの時、もう咲には振り返って確認する気力も残ってはおらず、その後何度か同じような感じがしたが、ことごとく無視した。
―――――――――――――――――
しばらく歩くと、景色を一望できる場所に着いた。
慎「咲、見てみろよ! スゲェ綺麗……咲?」
慎一が振り返ると、そこにいたはずの咲がいない。
見ると、少し離れたところで背を向けてうずくまっている咲が、保健の先生監修のもと、戻していた。
他のクラスメイトが、皆カップルでロマンチシズムに浸っていてそれを見ていないのが救いだった。
慎『咲………。』
慎一はつくづく咲に同情しつつ、見られたくないだろうと配慮して風景の方に体を向き直す。
咲はすぐに戻ってきた。
咲「慎一くん、お待たせしました。」
慎「いや、別に…。それより、気分は?」
咲「おかげさまで大分楽になりました。心配かけてすみません。」
咲は深々と頭を下げた。
慎「何かしこまってんだよ。それよりほら、見ろよ。」
咲「え?」
そこでようやく、咲は絶景を認識した。
地平線が見える広大な大地。少し赤みを帯びてきた空と、傾きかけた輝く太陽。
咲は生まれて初めて、世界が広いことをその目で確認した。
咲「すごい……ですね。」
慎「そうだな。」
慎一がこの時、夕日に照らされた咲の横顔に惚れ惚れしていて、景色などには1mmも注意を向けていなかったことを咲は知らない。
咲「……私の実家、木に囲まれた山の中で、こんな風に開けた景色は見たことなかったです。」
慎「俺だってこんな景色、なかなか見れねぇよ。」
2人の間にも少しいいムードが流れ始めていた。
慎『な、何か、良い感じじゃないか、コレ? …よし、さりげなく手繋いでみたりとか…よし!』
慎一がそーっと咲の手に自分の手を伸ばす。
咲はひたすら風景に見入っていて気付かない。
動悸が激しくなって少し目まいすら感じながら、慎一が思い切って一気に咲の手を掴みにいった瞬間、いきなり咲がバッと後ろを振り返った。
慎「うわぁっ!?」
慎一が上げたピッチ外れの悲鳴に、咲は全く反応しなかった。
ただ、若干恐怖のようなものを表情に出している。
慎「………咲? どったの?」
咲「…………いえ。」『今、何か殺気を感じた気が…?』
咲が向き直った時、忘れかけていた酔いが復活した。
勢いよく首を動かしすぎたのだ。
咲『ぅぐッ! こ、この1往復が……つ、ツラい!!』
咲がまた具合を悪くした時、移動が再開した。
慎『手ェ繋げなかった…。』「咲、行こう。」
咲「は…はい…。」
慎「…大丈夫?」
咲「…だい…じょぶ…です…。」
慎「大丈夫なヤツはそんな喋り方しねぇぞ…。」
2人は少し遅いペースで皆の後を追った。




