3-6
午後5時。
咲、慎一、勇気の3人は木葉の家の玄関にいた。
勇「サンキューな、木葉。これで今回も赤点は免れたぜ。」
木「少しは自分でもやりなよ? 今日やったのは基本ばっかりなんだから。」
勇「基本ができてりゃいいんだって!」
楽しそうに話す2人の横で、慎一と咲は黙って立っていた。
今日1日の、勇気と木葉の不可解な行動が慎一を疑心暗鬼に陥れていた。
もしかしたら、咲のことは怪しまれているかもしれない。
最初は妊娠どうこうとか言っていたが、それを否定した後の2人の「謎はすべて解けた!」と言わんばかりの表情は何だ?
あの質問で俺は何かをまんまと炙り出されたのだろうか?
あ、でもクッキーは美味かった。
そんなことを悶々と考えていると、また突然勇気が呼び掛けてきた。
勇「慎一。」
慎「ん?」
いつの間にかうつむき気味になっていた顔を上げると、勇気と木葉が何かを決心したような顔になっていた。
勇「今日のお前ら見てて、確信したんだけどよ。」
慎「な、何を…?」
この真剣な面持ちは先ほどのそれと大差ない。
しかし、それでも拭いきれる不安ではなかった。
慎『…もしだ。もしドンピシャなことを言ってきても、冷静に否定すればいい。それだけだ。この2人を騙すのは心が痛いが、それが咲のためなら……。』
いつの間にか慎一は、クレヴァーな態度を身に着けていた。
勇気が先ほどと同じ調子で、小さく息を吸う。
慎『来るなら来い…!』
勇「お前ら、漫才コンビ組んでるだろ?」
慎「…はい?」
慎一はあまりにも拍子抜けなことを、すごい自信満々で言われて拍子抜けしてしまった。
勇「だって今日見てたら、スゴかったぜ! 南さんのボケといい、お前のツッコみといい!」
木「咲ちゃんの頭脳というか学力はきっと素なんだけど、それを才能とさえ感じたわ! 慎一君のキレのあるツッコみは人の欠点を長所に変えるのね!」
何だ何だ???
何で俺、こんなに評価されてんだ???
2人とも目ェ輝いてるし。
混乱のまま咲を見ると、咲も唖然としていた。
勇「あ、でもアルファベットのくだりは全然だったな。用意してないとこでも即興でできるぐらいにならなきゃ。」
木「2人ならきっといつか大芸人になれるわよ!」
――――――――――――
…ああ、そうか。
今日の2人の変な様子は、俺らがホントに漫才コンビ組んでるのかを観察してたのか。
で、妊娠ってボケふって、それにツッコんだのが決定打ってワケだ。
なるほど、まんまと炙り出されてんな。
この2人、学力には雲泥の差があるけど、基本はどっちも天然だったっけ。
しかし、咲がどんなアホをやらかしても、それを俺が適当にツッコんでやれば、"常識を知らない不自然さ"を緩和できるし、ツッコみの台詞の中で堂々と咲に説明できる。
最悪ホントに常識知らずであることがバレても、俺はそれを長所にしてやるためにツッコんでいると大義名分かましてやれば、美談に早変わりだ。
ボケとツッコみ。
悪くない。
――――――――――――
慎「そうなんだよ、咲があんまり都会のこと知らないから、いっそそれを武器にして漫才でもやったろか! ってな。な、咲。」
慎一の順応に驚く咲に、慎一はまた口を小刻みに動かして合図した。
咲も一瞬躊躇したが、結局頷いた。
勇「頑張れよ、応援してるからな!」
木「今年の文化祭楽しみにしてるね!」
ああ、そういうイベントもあったな。
ま、その時はその時か。
ともあれ、当分咲の非常識さは俺のツッコみで解決する問題となった。
今日一番の収穫だな。
木「じゃあ、また月曜日ね。」
勇「おう。」
慎「じゃ。…あ、そうそう2人とも。」
勇・木「ん?」
慎「俺らが漫才やってることはクラスの皆には黙っててくれない? 咲がやっぱり恥ずかしがりだから、徐々に慣らさないとさ。」『実際クラスにこんな大ウソが知れ渡ったら、俺かて正気じゃいられないし。』
勇「分かったよ。」
木「うん、分かった。」
完全に当事者の咲が置いてかれていた。
慎「じゃあな。」
咲「さ、さようなら。」
勇「じゃな。」
木「バイバイ、勇気、慎一君、咲ちゃん。」
3人は家を出て道に出ると、そこで慎一と咲の2人は勇気と別れた。
しばらく黙って歩いた後、慎一が口を開いた。
慎「…咲。そういうワケだから。お前の人間ぽくない所は、全部俺がツッコんで不自然さを失くしてやるからな。」
慎一が咲に微笑みかけると、咲は怪訝そうな顔をしていた。
慎「どうした?」
咲「あの…」
慎『あ、やっぱり恥ずかしいのかな。良い考えだと思うんだけど。』
慎一が心の中で咲を気遣う中、咲が続けた。
咲「ぼけとかつっこみとか、まんざいとかって、何のことですか?」
慎「そっからかい!!」
慎一のツッコみが夕焼けの中に響いた。
第3話 完




