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慎「咲~、大丈夫か?」
咲「! ひんいひくん!?」
慎「??」 『"慎一くん"っつったのか?』
咲の声がイヤにこもっている。
いつもの綺麗に通る声じゃない。
慎「…どうした?」
咲「ふいまへ…ングッ すいません、今出ますので。」
何かを飲み下したような音のあと、声はまたよく通るようになった。
今度はガラガラと、トイレットペーパーを勢いよく引き出す音がする。
慎『…何を…やっているんだ?』
水を流す音。
そして、手を洗うために蛇口をひねる音(木葉の家のトイレはタンクの水道とは別に、手を洗うためのちゃんとした洗面台がついていて、割と広々としていることは慎一も以前に入って知っていた)。
………口をすすぐような音。
慎『何だ? 何で口すすいでんだ??』
しばらくしてまたキュッと蛇口をひねる音がして、数秒後、咲が出てきた。
咲「お待たせしました。」
慎「あ、ああ。…さっきの、禁断症状だろ? もう大丈夫なの?」
咲「はい、ちょっと人間から離れたら大分楽になりました。」
咲はいつも通りの笑顔で言う。
慎「そう…。じゃあ、戻ろっか。」
咲「はい。」
慎『…そういえば、何で咲、自分のバッグをわざわざ?』
と、そこまできて慎一は考えるのをやめた。
世の中には、知ってはいけない、知ったら食事が喉を通らなくなるような事実もあるのである。
咲の口のはたに少しついた赤い何かがそれを如実に物語っていた。




