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慎『な…何だ…? 何だこの2人の目は!?』
勇気と木葉は、まるで観察するように慎一を睨む。
慎『何か変だよこの2人…。何をそんなに…あ、まさか、俺にここでフォローさせて咲との仲を近づけようとしてる…のか?』
とてもそんな友好的な眼差しには思えなかったが、それ以外に答えが見当たらなかった。
慎『…やってやる! その割には目線が鋭利だけど、やってやる!!』
慎一は腹をくくった。
慎「咲!」
咲「はい!?」
2人してひっくり返る寸前のトーンだった。
慎「さっきの歌思い出せ! A、B、C、D、E、F、G、H、I、フン、K、L、M、N、はい!」
少々高すぎる慎一のテンションに戸惑いながら、咲は復唱した。
咲「え、A、B、C、D、E、F、G、H、I、J、K…あ。」
咲の脳内に、アハ体験的な電流がほとばしった。
咲「ジェー! ジェーです、これ!」
慎「そう、ジェーだよ、よくやった!」
咲は嬉しそうに、慎一はどや顔で、それぞれ勇気と木葉の反応をうかがった。
2人は見つめ合い、何か気に食わない表情のまま首をかしげていた。
咲『あれ、違った? でも慎一くんはそうだって…。』
慎『あれ、ダメ? 最大限のフォローしたんだけど、まだ足りないのか? 分からん…。恋愛のベテランの物申すところが分からん! ハードル高ぇな~!!!』
慎一が1人で悶えている横で、咲は仕方なくその先のアルファベットをまた覚え始めていた。
――――――――
午後3時。
この気まずい空気が慎一を痛め続け、そろそろ限界だった。
咲は何とか全てのアルファベットを覚え切り、今度は木葉に主要な英単語の読み方を教えてもらっていた。
「take」を「ティーエーケーイー」と読まないと知って愕然としながらも、まずは1つ1つ覚えていって感覚をつかんだ方が早いということで、律儀にまた頭につめこんでいく。
木「ほら、take、make、cakeとかは、形が似ていて、読み方も似てるでしょ?」
咲「あ、確かに…。テイク、メイク、ケイク、ですからね。」
木「英語は、世界でも有数の綴りと読み方がほとんど一致しない言語だから、こんな風に感覚をつかむ方が早いのよ。」
咲「なるほど…。そういえば、さっきからずっと気になってたんですけど、同じ文字でも形が違うときありますよね。」
木「あ、大文字と小文字ね。基本的に文章の最初にくる単語の1文字目は、分かりやすいように大文字で書くの。"I"はいつでも大文字だけどね。」
咲「はぁ………。」
さっきに比べれば表情が柔らかくなり、咲に教えるために口数も増えた木葉と会話することで、咲の緊張も少し和らいでいた。
しかし、その横で慎一は息も絶え絶えになっている。
ふと時計を見た木葉が、「あっ」と小さく声を上げた。
木「お菓子用意してたんだった! 今持ってくるね。」
そう言うと、木葉はそそくさと部屋を出て行った。
いつもなら陽気な勇気が何か言って茶化すのに、全くピクリとも動じずに、英単語を眺める咲を見ている。
咲はそれに気づいていないが、逆に見られていない慎一がごっつい圧迫感を感じていた。
慎『うぅ、くそ、吐き気が…。…とりあえず菓子だ! 菓子食って落ち着こう!』
慎一がため息で吐き気を排出しようとした時だ。
木「はぁい、今朝焼いたクッキーだよ♪」
慎一が望みを託したクッキーが、木葉のご機嫌な声と良い匂いと共に到着した。
慎「おお、美味そう。」
勇「さすが木葉。」
木「えへへ。」
一瞬場の空気が丸くなった。
慎「咲、お前も…」
パッと咲の方を向いた慎一は、せっかく丸くなった空気の中で背筋が凍った。
咲が、今朝トマトジュースを持ってこられた時と同等か、それ以上に恍惚とした表情になっていたのだ。
慎「さ、咲…!?」
咲「し…慎一く……」
息が荒く、いかにも苦しそうな表情は、普通に具合が悪いのかとも思われた。
ただし、よだれが垂れていたので結局食欲らしかった。
勉強勉強でストレスがたまりまくり、それが禁断症状を誘発させたらしい。
慎『マジかよ、いきなり過ぎんだろ!! ど、どうやってごまかせば…。』
クッキーで一服する間もなく、第3ラウンドが始まった。




