3-3-2
さて。
途中から勇気と木葉も咲のサポートに加わった。
と言っても、まずはアルファベットを覚えるところからなので、励ます以外には特にサポートらしいサポートはしていない。
慎一は紙に書き出したアルファベットを、順にペンで指しながら歌を歌って覚えさせることにした。
慎「A、B、C、D、E、F、G、はい。」
咲「え、A、B、C、D、E、F、G~。」
慎「H、I、J、K、L、M、N、はい。」
咲「H、I、J、K…え、L、えn…、ぇ、M…、…N?」
慎「L、M、N。ゆっくり言ってみて。」
咲「エル、エム、エヌ。」
慎「よし、じゃあもう1回、H、I、J、K、L、M、N、はい。」
咲「H、I、J、K、L…、M、N!」
慎「オッケオッケ。じゃあ次…、O、P、Q、R、S、T、U、はい。」
咲「O、P、Q、アー、え…す? あれ、何でしたっけ?」
こんな調子で、ともすれば音楽の授業と何ら変わりない状況がしばらく続いた。
勇気と木葉はもはや観客だ。
慎「V、W、X、Y、Z、はい。」
咲「ビー、ダビュ……だ、ダブリュ、X、Y、ジー…?」
慎「このVとZは、まぁ日本語読みすりゃブイとゼットなんだけど、英語の発音だとヴィーとズィーになる。やってみて。」
咲「??? ビー、z…ズィー。」
Zの発音でいちいち力むのが、3人の目に健気に映る。
木「咲ちゃん、Vを発音する時は、ちょっと下唇を噛むの。こうやって、ヴィーって。」
咲「mmm…」
木「上唇使わないで、歯と下唇だけ使ってビって言ってみて。」
咲「???? フ―――ッ、フ―――ッ、あれ?」
歯と唇の間から息が漏れるだけであった。
慎「まぁ、練習してりゃそのうち慣れるよ。」
木「そうね。今はともかく全部のアルファベットの名前と順番覚えればいいと思うわ。」
咲「すいません…。」
咲はなかなか発音できないことが申し訳なくなってつい謝った。
慎「べ、別に謝んなくてもいいよ。」
慎一が慌ててフォローするが、咲は少ししょげている。
少し辛気臭くなってしまった空気を変えようと、勇気が口を開いた。
勇「それにしても、アルファベットを知らないなんて、ホントにのんびりしたトコ住んでたんだな、うらやましいわ。」
咲「あ…、そ、そうですか?」
咲はいきなり話しかけられて戸惑いながら、何か褒められた嬉しさで少し笑った。
木「そういえば、どうして転校してきたの? 何か家の事情?」
咲「え……?」
笑顔が凍り付いた。
何の前触れもなく、第2ラウンドが始まった。
慎『い、いきなり核心を突いてくるとは…。だが大丈夫、その質問も想定の範囲内だ!』
慎一は油断していた。
"咲が用意してきた答えをど忘れする事態"を考慮していなかった。
答えを用意していない質問を回避できたことで、妙な自信もついてしまっていた。
咲『な…何て答えるんだっけ……? えっと、確か、ナントカ修行って……。』「えと……その……」
咲はとっさに思いついた言葉を言い放った。
咲「……に…忍者修行です……。」
慎「ズコ――――――――――――――――――――――――!!!」
慎一は声を荒げてズッコケた。
勇「忍者修行!?」
木「え!? もしかして伊賀上野出身!?」
咲「え? え??」
慎「花嫁修業だろ!! 何で忍者修行なんだよ!!!」
咲「あ…そっか……、ご…ゴメンなさい!」
慎「お前らも何で普通に興味持っちゃってんの!? 伊賀上野出身でも現代にはいねェよ!!!」
勇「…まぁ、確かに。」
木「なんかゴメンなさい…。そっか、花嫁修業か。」
慎一は怒濤のツッコミでちょっとバテていた。
勇「大変だな。」
咲「い、いえ…、村の風習ですので…。」
勇気と木葉の顔から疑心が消えていなかった。
そして落ち着くにつれ、慎一は自分の過ちに気付き始めた。
慎『な…何普通にツッコんでんだよ、俺…。咲も普通に謝ってきたし…。メッチャ怪しまれてんじゃんか…。』
頭を抱えて男泣きする慎一の心理描写がそこにあった。




