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咲「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん~~~~~~~~~~~~~!!!!!!」
咲をこうまで唸らせたのは、一次方程式たったの5問に過ぎなかった。
「x+3=5」までは良かった。
「3に足して5になるのは?」と聞けばそれで理解できたのだ。
ところが、「2x-4=3」になるともうダメだった。
「1=1なんだから、1+1=1+1→同じ原理で、2x-4+4=3+4→2x=7」は何とか理解できた。
だが、「2xとは2×xのことである」のは何となく分かるようだが、「だから2x÷2=7÷2→x=7/2」の段階で頭がこんがらがるという。
途中、左右に何度も首を傾げすぎてメトロノームのようになってしまっていた。
こうした問題群にいじめ倒された結果、咲は頭を抱えてうずくまって唸ってしまうに至ったのである。
慎一も咲が気の毒すぎて頭をかいた。
何しろ最近やっているのは恒等式や複素数のような、ザ・方程式の応用である。
移項でつまずいていたらとてもテストに間に合わない。
慎「…南さん、そんなに悩まないで…。」
咲はうずくまったままで答える。
咲「グス…すいません、私がバカなばっかりに…。」
慎「いやいや…そんな……大丈夫だって。頑張れば絶対分かる。分かれば簡単なことなんだから。俺も協力するからさ。泣くことないよ。」
咲「……はい、ありがとうございます………。」
咲は顔を上げて涙をふき、またプリントを睨み始めた。
慎『頑張るなァ。俺だったらとっくに投げ出してるよ。』
慎一が咲のガッツに感心していると、ふいに何か思いついたような顔をした。
慎「お、分かった?」
咲「いえ、ちょっと喉渇きました。」
そう言って、台所に立った。
慎『…俺も喉渇いたな。』
慎一が水筒を出そうとバッグを開けた時、咲が台所で悲痛な声を漏らした。
慎「今度はどうした?」
咲「お茶切らしてた…。水道の水はまずくて飲めないし…。」
慎『神経質だな…。』「あ、じゃあ俺のあるから飲みなよ。」
咲「え、いいんですか?」
慎「うん。」
慎一が自信満々でお茶を提供できるのは、ひとえに水筒のおかげだった。
慎一の水筒は蓋をコップにするやつなので、間接キスとか気にして恥ずかしがる必要がないのである。
咲「ありがとうございます。」
咲が少し安心したような顔で戻ってくる。
慎一も咲のために何かができたのが嬉しかった。
バッグから水筒を取り出し、咲に差し出す。
と、そこで咲が「うわっ」と声を出して笑顔満面になった。
慎「ん? …!」
ただのお茶でこの喜びようはどういうことだと思ったら、慎一は水筒のつもりで例の一升瓶を取り出していた。
慎『勇気に返すの忘れとったったい!!!』
焦る慎一とは裏腹に、咲は大喜びである。
咲「お酒だあ! ホントにいいんですか!?」
慎「嬉しいの!? 何で!!?」
咲「鬼灯族の人間にとってお酒は最高級品なんです! 普通に飲めるのは家長レベルの大人だけで、普通は大人でも年に1~2回しか飲めないんですよ! ましてや私みたいな子供なんか、今までで1~2回飲んだか飲まないかくらいで。でもあの味は未だに忘れられません。」
メチャメチャ嬉しそうにそう語る笑顔を裏切ることなど、慎一にはできなかった。
慎「……じゃあ、どうぞ。どうせ俺飲めんし。」
咲「人間は20歳になるまで飲めないらしいですね。私街に降りてきて最初に買い物行ったとき、お酒見つけて喜び勇んで買いに行ったのに未成年はダメだって断られちゃいました。あのショックも未だに忘れられないです。」
慎「俺もこのカルチャーショックは忘れられそうにない。」
咲「じゃあ、いただきます♪」
咲は瓶を受け取ると、蓋を取っていきなりラッパ飲みし出した。
慎『えぇ―――――――――――――――――――!!!??? でら酒豪やん!!!』
開いた口が塞がらない慎一の目の前で、咲はゴッゴッと喉越し爽やかに、一気に半分ほどを飲み切った。
咲「ふはぁ~~~~~~~、美味しいィ♪♪」
満足げな顔は血のように赤く染まっていた。
風邪で赤らんでいたのとはワケが違う。
慎「そ、そんなに一気に飲んで大丈夫か…?」
咲「らぁいじょおぶれすよぉ~」
慎「もう酔ってるの!?」
咲は笑顔だが、上体は左右に揺れ始め、再びメトロノームのようにリズムを刻んでいる。
咲「よってらんからいれすってぇ~~~…」
回らない呂律でそれだけ言うと、そのままうつ伏せにバタッと倒れてしまった。
慎「み、南さん! 大丈夫…………みたいだな。」
静かな寝息が聞こえる。
慎一は色々気持ちを落ち着けるため、深呼吸をした。
慎「こんなにエネルギッシュな子だったとは…。しかし起きそうにないな。もうそろそろ夕飯だし、布団に寝かせて俺も帰るかな。」
慎一が少しためらいながら咲を布団の上に寝かせようとしたとき、ベランダに人影があるのに気付いた。




