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玄関を通ってすぐ右に洗面所のものらしい扉があり、そこを通り過ぎるとまた右手に台所が直結し、正面には居間があった。
台所から居間が見えるようになっている。
居間の正面側にはベランダへの窓があった。
慎一はそこらに血がついてはいないかとビクビクしながら、少し散らかっている居間に座った。
脚が折りたためるテーブルが壁に立てかけてあり、中央に布団が敷いてあって隅には小さなテレビがある。
散らかっているものも服だったり教科書だったり、あるいはファッション誌だったりして、血痕どころか、鬼灯族出身を示唆するものは1つも見当たらなかった。
そして慎一の感情は、徐々に恐怖から緊張へと変わっていった。
確かにそこで咲が生活している、その場所に自分がいる緊張。
直線で描けそうなくらいガチガチに固まったまま、正座してこぶしに力を入れていた。
と、何故かなかなか居間に来なかった咲が、背後から何かを持ってきた。
慎一の目の前の布団の上に座り、持ってきたお盆からコーヒーを1つ慎一の前にそっと置く。
咲「どうぞ。インスタントで申し訳ないですけど。」
慎「ア、ハイ、コリャドウモ…」
抑揚のない返事とともに、湯気の立つコーヒーカップを取り、一口すすった。
慎『…美味い。』
何か変なものが入っているわけでもない。
ちょうど良い苦みと温度が、慎一を少し落ち着けてくれた。
咲を見ると、カップを持ったまま慎一を優しい目で見ていた。
窓から差す夕日で影になる表情が何とも絵になっていた。
慎「…美味いよ。」
その一言で、咲は少し安心したようにまた笑った。
そして、咲もコーヒーを飲もうとカップを口に近づける。
…そこまでは良かったのに、あろうことか、咲はマスクをとらなかった。
慎「あ、南さ…」
咲「!!」
マスク越しにコーヒーが口に入ってくる違和感が、それまでの優しい表情を驚愕の色に染めた。
乱暴な音を立ててカップが置かれ、咲が顔を真っ赤にしながらマスクを外し、手近のごみ箱にダンクした時には、部屋からムードが消えていた。




