18-6
2人で居間まで行き、立ったまま荷物だけ床に置いた。
とりあえず慎一は咲の両肩に手を置いて向かい合う形を保つ。
よく知らない咲は、無垢な目で慎一を見つめる。
慎一は恥ずかしくて少し目を逸らし、たまに咲の目を見てはまた逸らした。
慎「…き、緊張するな。」
咲「…そうですね。」
そこで初めて、咲も視線を落とした。
その間だけ、慎一は咲を正視した。
慎「……咲。」
咲「はい?」
呼ばれて、咲は慎一の目を見る。
慎一は恥ずかしさに負けず、目を逸らさずに言葉を繋げた。
慎「…咬まないでね。」
咲はそれを聞いた途端顔を真っ赤にして、慎一の左肩をバシッと叩いた。
咲「咬まないですよ! 私だって、いつでも人間に触れた瞬間食べたくなるわけじゃないんです!」
慎「悪い悪い。」
一瞬だけ空気が緩んだ。
再び張り詰める前に済ませてしまおうと、慎一はまた咲の両肩をつかんだ。
慎「咲。」
咲「はい。」
慎「行くぞ。」
咲「…はい。」
慎一が覚悟を決め、いざ顔を近づけようとした時、咲はまだじーっと慎一の目を見つめていた。
慎「…咲、目ぇ閉じてくれ。」
咲「え?」
慎「その方が、何だ、人間的にロマンチックというか、それっぽい。」
咲「あ、そうなんですか。」
と言って、すぐ咲は目を閉じた。
慎『素直やなぁ…。』
慎一は少しだけ感心しつつ、いよいよ早まる鼓動を感じながら、おびえる自分を奮った。
慎『………よし!』
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2人の唇は一瞬、確かに触れ合った。
それだけだった。
よく聞く「甘いキス」だの「温かいキス」だのいうのはまるで感じられなかったが、慎一はもはやそれどころでもなかった。
鼓動が早くなりすぎて少し視界が眩んだ。
咲も顔を紅潮させ、うつむき加減の無表情になっている。
それは分かったが、慎一に自分がどんな顔をしているのか気にしている余裕はなかった。
しばらくお互い向かい合ってうつむいたまま、ずっと静かだった。
咲「…恥ずかしいですね、これ。」
慎「…そだな。」
咲「これが人間の愛情表現かぁ。」
咲はよく分からないといった顔で小首を傾げた。
正直慎一にも、ファーストキスだったというのに何故これが愛情表現になるのか、よく分かってはいなかった。
ただし、幸せではあった。
慎「…さ、さて、キスもしたし、帰るかな。」
咲「あ、そうですね、あんまり遅くなったらいけませんし。」
慎一は半ば逃げる様に荷物を持ち、少し早足で玄関を目指した。
外に出て、振り返る。
咲「じゃあ、また。」
慎「おう、またな。」
それだけの短いやりとりで、慎一は玄関を閉めた。
歩き始めてしばらく後、本当に自分がキスをしたことを思い出して、少し自分の唇に触れてみた。
何の変哲も無かったのに、笑顔を抑制できずにいた。
第18話 完




