17-6
勢いよく咲の歯が慎一の腕に食い込む。
既に激痛だ。
慎「ぐぅおおおお……」
慎一がうめくが、咲は容赦なく顎に力を入れ、慎一の腕の肉を咬み切りにかかった。
ミチミチと慎一の腕の筋組織が千切れる音がし、血が玉のように溢れ出す。
生暖かさが慎一の腕を伝うが、その感覚も既に麻痺していた。
今はただ、痛みだけが慎一の感覚を支配していた。
いよいよ痛みが強くなっていき、慎一は更に声を上げた。
慎「ぐあああああぁ…くぁ……」
咲が慎一のその腕を両手で掴み、顔を引き離し始めた。
皮膚が伸び、千切れ、筋組織と血管がブチブチと音を立て、鮮血がほとばしる。
と、それが咲の顔や服を汚し、彩った。
慎一はもう、文字にならない叫びを上げていた。
腕の肉が慎一から完全に分離した時、突然抵抗がなくなったことで咲の頭がガクッとのけぞった。
それと同時に咲は両手を慎一から離し、肉を咀嚼しながら両手についた慎一の血をしゃぶり出した。
慎『咲………――――――』
傷みで遠のく意識の中、慎一の目に映った咲は本当に純粋な喰人鬼だった。
―――――――――――――――――――――――――
…ちくん―――
―――し…くん……――
――――――……んいちくん!
咲「慎一くん!」
慎「ッ!」
咲の呼びかけで、慎一はハッと目を覚ました。
ようやく取り戻した意識で、デジャヴを感じた。
慎一はしばらく呆然としていたが、目の前で血まみれの咲が涙を流して、でもそれが笑顔になるのが分かり、次の瞬間には抱きしめられたのを感じた。
慎「……咲?」
咲「慎一くん! 良かった、良かった…。ごめんなさい、私のせいで―――」
咲の嗚咽が耳元で響く。
慎一はまだぼーっとしていたが、腕を咬ませたことと、その痛みがもうないことを思い出し、少ししびれた腕で咲の背中をさすった。
慎「…咲、良かった。禁断症状、治ったみたいだな。」
咲「はい…、でも、慎一くんのこと…咬んじゃった……。」
慎「違う違う。咲の禁断症状あんまり苦しそうだったからさ、俺が自分で咬ませたんだよ。」
咲「そ…そうだったんですか…? でも、痛かったでしょ……。」
慎「咲が治ったんならいいよ。もう痛くもないし。例の軟膏塗ってくれたんだろ?」
咲「はい…。」
慎「ならそれでいいよ。」
咲「…ありがとうございます…。」
咲は涙で声を詰まらせ、鼻をすすりながら必死で謝ってきた。
慎一はしかし、とりあえず咲の禁断症状が治った安心感以外は感じず、咲が謝る間、何度も背中をさすった。
しばらくして、咲はようやく離れ、涙をふきながら慎一に水を持ってきた。
咲「とりあえず、水飲んでください。」
慎「…うん。」
慎一は水を1杯飲み、コップを咲に返すと、ゆっくりと立ち上がった。
時計は午後6時を回っている。
慎「じゃあ、俺帰るわ。夕飯あるし。咲も治ったし。」
咲「分かりました…。あの、ホントにすいませんでした。」
慎「もう泣くなっての。」
慎一は咲の頭をワシャワシャと撫でた。
咲は全然笑っていなかったが、その泣き顔が今日はすごく嬉しいものだった。
頭の中にまだあの狂暴な咲が残っているから、尚更だった。
慎一は咲に「また明日」と言い、咲に見送られて玄関を出た。
直後、相変わらず容赦のない施錠音が響き、慎一は幸福感に酔いしれた。
第17話 完




