17-1
ある日。咲が学校に来なかった。
朝のホームルームで、体調不良による欠席連絡があったと担任が言った時、慎一の1日分のやる気が消え失せた。
悶々としたまま1日をどうにかやり過ごし、帰りのホームルームが終わるや、すぐさま帰宅の途に就こうとした慎一を、担任が止めた。
担「慎一、ちょっと待って。」
慎「はい?」
咲がいない意味のない学校から早く帰りたかった慎一は、担任の呼び止める声にイライラしながら答えた。
そんなことは露知らず、担任はいつもの調子で続ける。
担「また頼んで悪いが、咲の家にこれを届けてやってくれ。学期末テストの範囲とか入ってるからな。」
慎『咲の家に行ける!!!』
途端に急上昇した慎一のモチベーションは慎一の表情を満面の笑みに変え、ものすごく気持ちの良い「はい!」という返事を生み出した。
慎一はそのプリントの入った封筒を奪い取るように受け取り、急いで教室を飛び出した。
周りの目などには目もくれず、咲の家に急ぐ慎一。
夕焼けがどことなく不気味なコントラストになっていることも、全く気にかけはしなかった。
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咲の家のチャイムを、期待を込めて鳴らす。
待ちきれず、声を出した。
慎「咲~。大丈夫か~? プリント届けるついでにお見舞いに来たぞ~。」
こんな状態でも、なるべくワクワクしているのが悟られないような強がりは忘れない。
そして悟られないようにしたワクワクが、いつまでもワクワクのままでいた。
咲が家から出てこない。
その上、返事の1つもないのである。
慎「…? 咲~?」
少し声を大きくしてもう一度呼ぶが、やはり返事はない。
この辺りでようやく慎一の頭が冷え、冷静さを取り戻してきた。
そしてそれと同時に、何となく嫌な予感がし始めた。
慎『……おかしいな。ちょっと買い物とかか?』
首を傾げながら何となくノブに手をかけると、ノブは抵抗なく回った。
慎「!?」
玄関の鍵がかかっていない。
慎『不用心な…。』「咲ー! 入るぞー!」
慎一は家の中に呼びかけるためにドアの隙間から首を入れた。
部屋の電気が1つもついていない。
慎「咲…? いるのか?」
先ほどまで慎一の心を満たしていたワクワクは、完全に不安に取って代わられていた。
恐る恐る中に入り、ドアを閉め、鍵をかける。
そして忍び足で廊下をゆっくりと進んでいった。
途中で台所の中が見えたが、咲はいない。
咲は、居間にいた。
布団にくるまっている。
慎『…寝てたのか。』「咲ー。鍵ぐらいかけて寝ろよー。」
寝ている咲を起こすつもりもなく、慎一は聞こえていない前提で咲に呼びかけた。
しかし、思いがけないことに、咲はバッと布団の中から飛び起きるようにして現れた。
慎一はビックリしつつ、待ちわびた咲の顔を見る。
慎一と合ったその目に、生気がなかった。
慎「…咲、大丈夫――――――」
咲「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
慎一が言い終わる前に、咲は喉を鳴らして慎一に飛び掛かった。
慎「!!!???」
慎一は咲に押し倒されながら、必死で咲を抑える。
慎「な、咲!! どうしたんだよ!!?」
咲「ガアアッ!! グアアアッ!!」
慎『こいつ…咬みつこうとしてやがる!』
慎一は覚悟を決め、獣のような咲の腹に右足をかけ、押し飛ばした。
布団の上に転がった咲を尻目に、慎一は慌てて玄関へと駆け出す。
背後から咲の咆哮が迫る。
慎『何だ何だ何だぁっ!?』
ついさっき自分で鍵をかけたことを後悔しながら、素早く解錠し、素早くドアを開け、外に出るとすぐ体重をかけてドアを閉めた。
ドアの向こうから、咲のおたけびがこもりながらも力強く響く。
そして、ドアをメチャクチャに叩き出したため、慎一は夢中でそれを抑えた。
不覚にも、慎一は今、咲への恐怖しか感じていなかった。




