16-6
2月14日。
慎一は、言われなくてもウキウキしていた。
人生初の本命チョコがもらえる日
それがほぼ確定的であったからに他ならない。
慎一にとっては浮かれるなという方が無理な話だった。
いつもより少し早めに学校に着いてしまい、そわそわして座っていられなくて、何となく窓から外を眺めていた。
慎『昨日早く帰ったのはチョコ作るためなんだろうな。分かってるよ。いやほんと、人生初だもんな! 咲早く来ねぇかな~。』
普段にも増して貧乏を揺すりまくる。
不意に強めの風が慎一の顔を直撃した。
そこでようやく、目の前の窓が開いていることに気付いた。
慎「今気づいたけど寒ぃ。何で気付かなかったんだろ。」
笑顔を無駄遣いしながらそそくさと窓を閉める。
つい声に出した思考とは裏腹に、寒さにすら気付かなかった理由は薄々分かっていた。
と、そこに待ちかねた声が聞こえた。
咲「慎一くん、おはようございます。」
慎一はビックリするやらもう恥ずかしがるやら嬉しがるやらでグチャグチャになった表情を、いったん整えてから平静を装って振り返った。
いつもより笑顔に見える咲がそこにいた。
慎「お、おはよう。咲、早いな。」
あくまで自分は冷静だと言い張らんばかりに思っても見ないことを言う。
咲「あ、はい。実は、渡したいものがあって。」
慎「ん? 渡したいものって何?」
"自分バレンタインとか全然興味なくてすっかり忘れてました"を理想に掲げ、慎一は会話を繋げる。
咲はそんな慎一の心の中のことなど知らず、事もなげに綺麗に包装された箱をカバンから取り出した。
咲「今日はバレンタインデーなので、木葉さんと一緒にチョコを手作りしてきました。」
咲が若干"手作り"の部分を強調して言ったように聞こえたが、そんな細かいことはどうでもよかった。
慎一の目の前に差し出されたそれは、まぎれもなく、慎一のために咲が心を込めたバレンタインチョコであった。
慎『神よ…!』「あ、そっか~、今日バレンタインだったね。すっかり忘れてた。ありがとう。」
咲「え、忘れてたんですか?」
咲が少し悲しげな表情をしたので、慎一は慌ててその理由をつくろった。
慎「あ、だ、だってね、去年…そう、咲が現れるまで、俺とは無縁のイベントだったものでね。」
咲「あ、そういうことですか。」
慎「とにかく、メチャメチャ嬉しい。ありがとな。」
咲「どういたしまして。」
慎一は、ラッピングからして愛情が分かるその箱を大事に持って、咲の笑顔に感謝した。
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放課後。
帰宅して自分の部屋に戻ってきた慎一は、早速咲からもらったチョコを食べることにした。
ルンルンで自分のカバンの中のチョコが入った袋を取り出す。
異変に気付いたのはその時だった。
慎「ん?」
袋の中に、何か液体が入っている。
ビニール袋だから漏れてはいないが、原因が分からない。
一旦自分の机に慎重に置き、カバンの中を探ったが、濡れていないし、水筒のお茶が漏れた形跡もない。
慎『…何だこの液体は?』
慎一は嫌な予感を拭い去れぬまま、意を決してリボンを取り、中を見た。
何か、薄いココアのような液体が袋の底を満たしていた。
もちろんチョコの入っているはずの箱はビショビショである。
それを取り出すと、妙に軽い。
慎「まさか…。」
箱を開けると、中にもその液体が入っていて、チョコを仕切っていたであろうポリエチレンのケースを満たしていた。
恐る恐るその液体をなめてみる。
慎「………甘い。」
ようやく謎が解けた。
咲は、どうやらチョコアイスのようなものを、故意か否かはともかくとして箱に入れたらしい。
それが帰ってくるまでに溶け、薄いココアのようになって箱から漏れたということだ。
慎「…甘いなぁ。」
慎一はしかし、愛の力でそのチョコ水をできる限り消費した。
ただし、ビタビタになった袋や箱をごみ箱に捨てる勢いに容赦はなかった。
第16話 完




