16-1
咲「バレンタインデー?」
教室で咲が間の抜けた声を出した。
木「そう。2月14日はバレンタインデー。」
咲「何ですかそれ?」
木「んとね、好きな人にチョコを渡して、自分の気持ちを伝える日っていうのかな。」
咲「猪口?」
木「猪口じゃなくて、チョコ。チョコレートよ。知らない?」
咲「あ、何か聞いたことはあります。あれですよね? 茶色い不気味な…。」
木「そうそう。いや、そうじゃないわ。不気味ではないけど、まぁ茶色いお菓子よ。」
咲「へ~~。」
休み時間に慎一と勇気がトイレに行ったのを見計らって、木葉はどんどん咲にバレンタインの知識を吹き込んでいく。
咲「え? 待ってください、14日って……」
木「うん、明日ね。咲ちゃんその様子だと何にも用意してないよね?」
咲「は、はい…。今日帰りにスーパー寄ってみます。」
と、ここで木葉がわざとらしく人差し指を立てて左右に振り、咲はそれを馬鹿正直に目で追った。
木「甘い甘い。咲ちゃん、どうせ今日放課後は特に用事無いんでしょ?」
咲「? ええ、まぁ……。」
木「だったら、手作りする時間くらいあるわよ。私も今日部活ないから家帰ったら作るし。」
咲が驚きに顔を歪めた。
咲「え!? え、あの…得体の知れない茶色いお菓子を、自分で作るんですか!?」
木「そう! いや、得体は知れてるけど、作るのよ。簡単簡単。」
咲「簡単…なんですか。」
木「咲ちゃんにだってできるわよ、あのくらい。」
咲は数秒右上に視線を飛ばし、何か考えた後、焦り気味にカバンを探り始めた。
そして、メモ帳を取り出した。
咲「ざ、材料と作り方教えてください!」
木『…あ、さては咲ちゃん、何か別の食材からチョコを精製するのを想像してるな。溶かして形作って固めるだけなんだけど。』
そこでようやく咲の勘違いに気付いた木葉も、何となく面白がってそれは言わず、ある提案をした。
木「咲ちゃん、じゃあさ、ここで作り方教えるのも煩わしいし、今日うちにおいでよ。一緒に作ろう。」
咲「あ、なるほど…。じゃあ、お邪魔してもいいですか?」
木「どうぞどうぞ♪」
咲は決意とワクワク感で嬉しそうに高揚した顔になった。
と、そこで慎一と勇気が戻ってきたのが見えたので、木葉は小声で咲に伝えた。
木「このことは、あの2人には内緒よ? まぁ、あの2人も分かってるとは思うけど、一応こっちから事前に言わない方がいいものだから。」
咲「そ、そうなんですね。頑張ります!」
咲は秘密を握る緊張感で更に顔を紅潮させた。
戻ってきた慎一と勇気も、すぐそれに気付く。
慎「何? 何の話してたの?」
咲「別に~?」
慎一も勇気も今まで聞いたことがない楽しそうな「別に?」だった。




