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咲「今日の夕飯は、…いつもお肉ばっかりだし、たまには野菜も食べないと体に悪いよね。」
ある日の夕暮れ、咲は近所のスーパーで夕飯の買い物に来ていた。
独り暮らしとはいえ、生活費はほぼ巨額の仕送りでまかなっており、結構贅沢なものを食べても支障がない毎日。
これではいけないと、野菜コーナーに足を踏み入れる。
が、どれを見てもどんな調理をすればいいのかいまいち分からない。
咲「何だろうなぁ……。とりあえず焼けばいいのかなぁ。」
咲はよく分からないまま、とりあえずキャベツを1個カゴに入れた。
ともかく見たことのあるヤツは確保しておこうという寸法である。
そのあとはまた肉類を順当にカゴに入れ、支払いを済ませて店を出た。
咲「先を見越してたくさん買ったけど、重たいな…。」
両手で一つのビニール袋を持ち、よたよたと帰路に就く。
?「咲。」
咲「え?」
急に背後から名前を呼ばれた。
それも、聞き覚えのある声。
振り返ると、濃い青の着物に下駄を履いた青年が立っていた。
咲「あ、焔兄さん!」
焔「久しぶりだな、咲。」
焔は、鬼灯御三家のひとつ、蒼鬼灯家の末裔である。
今は咲と同じで、人間社会に下りてきて大学生として生活している。
咲「本当に久しぶりですよ。兄さんたまの集まりにも全然帰ってこないから。」
焔「はは、悪い悪い。人間の大学生ってのは色々忙しいんでな。」
咲「やっぱりいっぱい勉強するんですか?」
焔「まぁそんなところだ。結構遊びの方が比率は高めなんだが。」
久しぶりの再会に話しが弾みかけた時だった。
焔「ところで、咲。」
咲「はい?」
それまで笑っていた焔が、突然神妙な顔になる。
焔「お前、人間の許嫁を見つけたんだってな。」
咲「あ、はい。」
焔「それについてちょっと話があるんだ。」
咲「え…?」
咲は何かただごとではない雰囲気を感じた。
焔は、咲の許嫁である慎一に何か不満を持っている。
ただ、焔は一度も会ったはずがないという矛盾があった。
しかし今それを聞くことはできない。
咲「…兄さん。」
焔「ん?」
咲「とにかく…、私の家に来てください。すぐそこですし。荷物が重いんで、ここで話すのはちょっと…。」
焔「…こんな大事な話を道でするわけないだろう。」
焔は若干呆れ顔で咲に近づき、咲の持っているビニール袋をひょいと持った。
途端に両腕にかかる荷重が消え、あとには軽い筋肉のけいれんだけが残った。
焔「じゃあ案内してくれ。」
咲「あ、はい、こっちです。」
2人はそれぞれ緊張を伴って歩き出した。
夕陽色の街に、カランコロンと下駄の音が妙に大きく響いた。




