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慎「………はッ!」
咲「あ! 目、覚めましたか?」
慎一が気付くと、心配そうな咲の顔が目の前にあった。
慎「南…さん? 俺は一体……」
咲「もう大丈夫です。傷は例の軟膏で塞いでおきました。」
慎「傷? …あ、そうか、俺、撃たれて……あの男は!?」
やっと全てを思い出した慎一は飛び起きた。
焦る慎一とは反対に、咲は穏やかな表情を崩さない。
咲「安心してください。もう追い払っておきましたから。」
慎「え、追い払えたの?」
咲「はい。1度咬みついて、痛みで気絶した後、傷は軟膏で処置してから縛り上げて少し離れたとこに安置してきました。」
慎「な…、なるほど…。」『よく見ると口のはたに血が…。一応ゆすいでから来たのか。』
慎一はそこでようやく、血まみれ放題の咲の服に気付いた。
慎「うわあああっ!!! き、き、傷だらけ…き、救急車…!!」
咲は慌てて、慎一の携帯を取り出そうとする手を抑えた。
咲「ま、待ってください! 私は大丈夫です。このくらいなら痛くもかゆくもありません。」
慎「い、痛くもかゆくもって…だってそれ、あいつに撃たれて出た血だろ!?」
咲「夜叉の混血をナメちゃいけませんよ。」
慎「…あ、はい、スイマセン…。」
慎一はそれで何故か納得してしまった。
確かに咲は、人間ではないらしい。
それは目に見えて確かなのだが、慎一の咲に対する根拠のない信頼は揺らがなかった。
慎一は大きく息を吐いた。
慎「…さて、学校どうしよっかな。正直今から行くのメンドくせぇな。」
咲「そんなのダメですよ、ちゃんと行かないと!」
慎「南さん真面目だねぇ。」
無論、慎一もサボるつもりはそんなになかった。
ふと見上げると、両脇の建物の合間から、この薄暗さには不釣り合いな青空がのぞいている。
慎「さて、行くか。あ、でも制服汚れちまったな…。」
咲「私もです。」
慎「南さんは特にな…。」
咲の服はもう全体的に変色して、おまけに血が乾いたせいでかぴかぴになっている。
慎「じゃあ1回帰って、着替えてから学校行こう。今からならまだ2時間目には間に合うだろ。」
そう言って腕時計を見ると、もう11:30を回っていた。
慎「あれ、俺何時間くらい気ィ失ってたの?」
咲「えと…、2時間半くらいですかね。」
慎「何だ…。じゃあ良くて4時間目に間に合うぐらいか。別にいいけど。」
慎一は大きく伸びをしながら歩き出した。
と、後ろから咲が呼び止めた。
咲「東さん。」
慎「ん?」
慎一が振り返ると、咲は目線を落としてはにかんでいる。
慎『ん…?』
咲「さっきはありがとうございました。私、あんな風に言ってもらえたの初めてで、すごく嬉しかったです。」
慎「あぁ…。別にいいよ。俺が勝手に追ってきたんだし、南さんはホントに悪い人じゃないと思ってるからさ。」
慎一も、女の子に面と向かって感謝されたのは、中学時代のある夏の授業中に隣の子が落とした消しゴムを拾ったとき以来だったので、かなり照れくさくなった。
咲は目線を、落としたままで横に逸らし、さらに顔を紅潮させていく。
咲「それで…、人間との共存の第一歩に、街に降りた鬼灯族の人間は"できれば恋人を見つけなさい"と仰せつかっているんですけど……。」
慎「ああ、恋人ね。南さんも大変だな。 …………え?」
途端、咲は真っ直ぐに慎一を見た。
咲「私の………その…………恋び…と? に、なっていただけませんか? 私、東さんなら、信じられます。」
慎「ッ!!!!!?????」
慎一は気付かないうちに、咲と同じようなトーンの紅を顔に滲ませていた。
念願が叶った。
容姿端麗な咲と付き合える。
―――そこまででは思い切り舞い上がったものの、すぐに大事なことを思い出した。
勉強は中学校レベルが分からない。
それだけならまだしも、いつ致命傷レベルで咬みつかれるか分からない。
軟膏があるから死にはしない?
フザケんな!! 痛いんじゃボゲェ!!!
慎「あ…えっと、その……」
慎一が意を決して咲の顔を見ると、恥じらっているような、期待と不安でいっぱいのような、いわゆる乙女の顔だった。
断れるワケなどなかった。
慎「…はい、喜んで。」
咲はその言葉を聞くや、満面の笑顔を咲かせ、慎一に抱き付いた。
慎一の感情は、嬉しさとか照れとか、そんな清々しいものでは決してなかった。
一瞬、そのまま咬みつかれるかと思って払いのけそうになった。
そしてその衝動は抑えても、未だに背骨が震えている。
慎一の心の悲鳴が、咲に聞こえない周波数でこだました。
かくして、慎一の血みどろ・ハートフル・ラヴ・コメディ(?)の幕が上がった。
第1話 完




