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?「ホントに頭が悪いな。お前のエゴのためにそいつを見逃すわけには…」
慎「どっちがエゴだよ。」
?「何?」
もはや慎一の目に拳銃は映っていなかった。
慎一は一息吸うと、口を開いた。
慎「一部族を滅ぼした? そんなモン、人間同士だって昔からずっとやってることだろ。頬付き族を滅ぼす理由にはならねえよ。」
男は少し眉に入れていた力を抜いた。
?「…なるほどな。だが、鬼灯族は人間全体の敵だぞ?」
慎「でも頬付き族は人間との共存に努力してる。それなのに、歩み寄らないのは人間の方だろ。お前らみたいなののせいで、頬付き族は敵に見えてるだけなんだよ。」
いちいち挑発の含まれる慎一の言葉に、男は大きく舌打ちした。
2人のやり取りを黙って見ている咲の目頭が熱くなる。
男の主張の説得力のなさに気づいて気が大きくなっていたのか、慎一は更に畳みかけた。
慎「大体、さっきからお前が言ってる部族を滅ぼしたのなんだのって、いつの話だ? 証拠は? 南さんも知らないような大昔のことなら、いくらでもハッタリかませるな。」
男はめんどくさそうに大きく首を横に動かして目を逸らし、すぐに戻した。
?「しかし、鬼灯族の連中が罪のない人を殺めているのは事実だ。」
慎「だからそれは人間同士でも変わらない。そして今のところ、少なくとも南さんには前科がない。『あるけど。』人を殺したヤツがいるなら、そいつだけを裁判にかけりゃいい。お前らがやってるのは、ただの八つ当たりだ。」
2人は数秒睨み合った。
と、不意に男の顔から力が抜けた。
?「…お前がそいつを信じたいなら好きにすればいい。」
男は呆れ果てたような顔で、拳銃を向けていた手をだらんと力なく下げた。
耳をつんざく一発の銃声にビクッとなった時には、慎一の腹に激痛が走っていた。
慎「ぐぉっ…!?」
撃たれる直前、男が一度下げた腕を素早く上げたのが見えた。
慎『くそ……フェイクか…。』
慎一は昨日と同じように、気付くと倒れていた。
自分に咲が呼び掛けているのは分かるのだが、内容を聞き取れない。
目の前に、覗き込む咲の顔もぼんやり見えた。
しかし、慎一は反応できない。
ただ痛みがひどかった。
慎『クソ…、倒れてる場合じゃない…。南さんは……俺が…』
薄れ行く意識に、歯止めはかからなかった。
――――――――――――
咲「東さん! しっかりしてください! 東さん!!」
咲の呼びかけもむなしく、慎一は目を閉じた。
だが、息はある。
咲「ど、どうしたら…。……あ!」
咲がカバンの中をあさり出した時、咲の腹を何かが貫通した。
男が、ためらいなく咲を撃ったのだ。
咲「……!」
咲は血を流して慎一の横に倒れた。
?「…ふぅ、やっと終わったな。ったく、手間取らせやがって。」
男は道端に唾を吐きながら銃をしまい、さっさと帰ろうと振り返った。
咲「…良かった、東さんの弾も貫通してる。」
?「!!?」
背後から、殺したはずの咲の声。
慌てて振り返ると、咲が慎一の腹の傷に軟膏のようなものを塗っていた。
咲「弾が残ってたら傷が塞げないから。」
?「化け物めッ!!!」
男は咲に向かってありったけの弾を連射した。
しかし、携帯性のいい小型拳銃はそもそもの装弾数が少なく、すぐに弾切れになった。
全弾叩き込まれた咲の体は血まみれになっていたが、咲はさっきのように倒れない。
それどころか、視線で男に殺意を投げかけた。
男は足がすくんだ。
怪我だらけの少女1人目の前にして、蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れない。
本能が警鐘を鳴らすのに、体がついてきていなかった。
咲「…許さない。私を守ってくれた東さんに…、信じてくれた東さんに……、こんなこと、絶対に許さない。」
ゆっくりと立ち上がる咲の目には涙と怒りが浮かんでいた。
男の手から拳銃が滑り落ち、重々しい金属音が路地裏に響き渡った。




